第9話 夢の中で(メイド視点)

 ゴブリンに持ち上げられた時、死ぬんだなって私は思った。


「……ああ」


 口減らしのために両親に売られてから6年、いい事なんて何一つなかった。

 私を買った貴族は、人間とは思えない程酷かった。それこそ魔族が化けているんじゃないかと思うほどだったのだけれど。

 失敗をすれば殴られ、蹴られ、幽閉される。もちろん、気まぐれに弄ばれて折檻される事もよくあった。

 三日間明かりの無い部屋に入れられた時はおかしくなりそうだった。

 パンの切れ端と水だけで一週間で過ごした時は人間って頑丈なんだなって思った。

 ナイフで目を抉られた時も死ななかったんだもん、そのくらいじゃ人間は死なないよね。

 ああ、本当にいい事なんてなかった。

 最後には、ゴブリンに食べられて終わりなんて、散々な人生だった。

 でも、死ねばこの苦しみから解放される。だったら、それでいいのかも。


「シエル! お湯と適当な布を持って来てくれないか!」

「はーい! なんか柔らかい布とかいっぱいあるよ、ここ」

「……お湯」


 どうやら私は茹でられるらしい。

熱湯をかけられた事はないけれど、想像を絶する痛みをもたらすに違いない。


「えーっと、まずは……」


 どうしてか、この屋敷の主人の部屋に連れてこられた。私が一度も寝た事の無い様な柔らかそうな大きいベッドが部屋の中央に置いてある。


「脱がせないとな」


 ゴブリンは大きな手で私の服に手を掛けた。

 茹でて食べるのに服は邪魔なのだろう。

 私はされるがままに、産まれたままの姿にされた。


 みすぼらしく、細い身体。ここに引き取られてからの成長を一切感じさせない。


「クライ、持ってきたよ!」

「助かる」

「……え」


 シエルと呼ばれた女性が持ってきた物に驚いてしまった。

それは大きな木製のたらい。私を茹でるための鍋では決してなかった。

 ゴブリンは私の身体を持ち上げ、お湯にゆっくりと入れた。

 熱すぎず、温すぎず、丁度いい温度のお湯。これでは私をお風呂に入れているみたいだ。

 ゴブリンはお湯につけたタオルを軽く絞り、私の身体を拭き始めた。

 状況が理解できないため、されるがまま綺麗にされる。


「……んぅ」


 こんな風にしてもらったのなんて子供の時以来だ。お母さんにしてもらったっけ。

 時間を掛けて頭からつま先までしっかりと磨かれた。

 もしかして、食材は丁寧に綺麗にしてから調理をするタイプなのだろうか。美味しい料理のための下準備、なのかもしれない。

 そんな私の思いとは裏腹に、お湯から出された後は優しく全身を拭かれ、予備のメイド服へと着替えさせられた。

 そして、ベットに座らされた後、


「今日はここで休め、腹が減っているなら適当にこの辺のモノでも食ってくれ」

「……えと、あの」


 私の言葉を待たずにゴブリンは出て行った。

 ベットの隣にあるサイドテーブルには2つのリンゴと顔くらいの大きさのライ麦パン、そして少しの干し肉が置いてあった。

 私にとっては御馳走のそれらを一心不乱に頬張る。

 ここ数日間何も食べていない。胃が驚くのも無視して食べられるだけ食べる。

 疑問を抱くのは、腹を満たしてからでもいいや。


「はむ、ん、ううん、あむ……んっ!」


 勢い良く食べ過ぎたので喉に詰まらせてしまった。近くに置いてあった水差しには綺麗な水が並々と入っていたので、直接口を付けて水を飲む。


「んっんっんっ……ふぅ」


 こんなに食べたのはいつぶりだろうか、覚えていない。お腹をいっぱいにする快感がこれほどまでに気持ちいいとは思っていなかった。

 そんな感慨に耽っていると、強烈な眠気に襲われる。おそらく食べ過ぎたせいだろう。

 満腹感を味わいながら、柔らかいベッドに全身を預ける。その瞬間、意識は一瞬にして落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る