第8話 牢屋の中で
大剣を振る。慈悲を与える事もなく、一撃で命を絶つ。
ゆっくりと歩きながら、逃げ惑う人間や立ち向かって来る人間を殺していく。
今日も今日とて村を襲撃し、破壊の限りを尽くす。一通り村の中を殺し、壊しまわった後、
「冒険者はいなかったか」
この村には俺を討伐しようとする者はいなかった。言ってしまえば、雑魚ばかりだった。一応、衛兵達は居たようだったが、まるで素人ばかりだった。訓練は積んでいたものの、実際に魔族に襲撃されるのは初めて、と言ったところだろう。
「ん? 誰だ?」
丁度その時、人の気配を感じた。家の中で息を潜めて隠れているような、そんな気配を。
目の前の家の扉を壊して中に入った。奥の部屋に入ると母親のような女性が子供二人を抱えたまま、床に座り込んで毛布をかぶっていた。
俺はゆっくりと近づいて行く。その母親らしき女性は俺の顔を見て慌てふためき、
「……お、お願いしますぅ、お願いします、私はどうなってもいいですからっ! この子たちは殺さないでください!」
と、子供たちの命乞いをしてきた。
自分の命を差し出すほどに子供たちが大事らしい。
「……ふむ」
その言葉を聞いて、訊ねてみたい事ができた。
「少し、聞きたいんだが」
「な、何でござい、ましょう!?」
その女性は俺が声を発した事には驚いていなかった。フルフェイスの兜を付けていたからか、俺がゴブリンだとは思われていないようだ。
せっかくなので、ここは人間のフリをして会話を続ける。
「魔族がもし、今のお前と同じような立場だったらお前はどうする? 例えば、ゴブリンの子を助けるためにゴブリンの母親が同じことをしたら、お前はどうする?」
「……ゴブ、リン? 私が魔族を助けるかどうか、って事で、しょうか?」
「ああ、もういい。そこに疑問がある時点で、回答は貰ったようなものだ」
「あの、どういっ……ぃぐぁっ」
その女の頭を拳で吹き飛ばした。血が噴水のように首からあふれ出す。
目を見開き、硬直している二人の子供もすぐに蹴り殺す。蹴りの威力が強すぎたのか、部屋中に赤い飛沫が飛び散った。
「やはり、俺達とは相容れない存在、か」
無駄な事をしてしまったと思いながら、シエルと合流する事にした。
合流場所は、外からも見えたおそらく村の中で一番大きな屋敷だ。次に村を襲う時は一軒だけ家を燃やさずに残すっていう話をしていたからな。
シエルは一足先に既に屋敷の物色を始めているはずだ。一応、変な物を見つけたらすぐに俺に言うように伝えてはあるが、過保護な考えだったかもしれない。
開きっぱなしになっている玄関から家の中へと入る。
家の造りや内装を見るに、貴族階級の人間が住んでいたのだろう。なんというか今までもやしてきた家とは豪華さが違う。
もちろん家主は既にいないので、自由に使う事ができる。
「もう大丈夫か、《装甲解除》」
俺は鎧を解除しながら各部屋を探索する事にした。
ここならばシエルの願いを叶える事ができるだろうか。料理に必要な器具や調味料などが揃っていると良いのだが。
そんな事を考えながら室内を物色していると、
「ねーねー! 地下室に人が居た!」
シエルが叫びながら走ってくる。
「なんだと、何人だ?」
この村の人間は全員殺したと思っていたのだが、生き残りが居たのだろうか。
「えーっとね、一人だけだよ。なんか鎖に繋がれてた」
「繋がれてた……? 犯罪者か?」
人間世界では悪事を働いた人間は牢屋に入れられるという話を聞いた事がある。
相当ヤバい奴かもしれない。事前にシエルに忠告しておいて良かった。
「なんていうか、そんなヤバそうな人間じゃない、ような? 違う意味でヤバいかもだけど」
「どういう意味だ?」
ヤバそうな人間じゃないけどヤバい、とはいまいち状況が理解できない。
「見てもらった方が早いかも。こっちに来て、早く早く!」
「まあ待て、その前に…………何で全裸なんだ!?」
「(´・ω・)ん?」
何か問題でもあるのか、と俺に逆に聞き返さんばかりの表情だ。
「だから、どうしてそんなにすぐ裸になるんだ! この前も言ったよね!?」
「うん! だから家の中に入ってから全裸になったよ!」
どうだ言いつけは守ったぞ、という態度で腰に手を当ててふんぞり返っている。
「そうかそうか、偉いなーシエルは……ってそういう意味じゃない!」
一瞬だけ何故かシエルの言い分に納得しそうになってしまった。
いったいいつになったらシエルの脱ぎ癖は治るんだろうか。
俺は脱ぎ捨ててあった衣類を素早く回収して、シエルに着せる。物凄く嫌そうな顔をしているが、風邪を引くよりはいいだろう。まあ実際、全裸が原因でシエルが体調を崩した様子は見た事がない。だからと言って、服を着なくてもいいという理論にはならないが。
「んーゴワゴワする…………ってそうだ! ほら、地下牢行くよ! 急いで急いで!」
「そんなに急かさんでもいいだろうに」
俺は興奮気味なシエルに腕を引っ張られて、屋敷の地下室へと向かった。
地下へ続く石段を下りると、鉄格子で区切られた部屋がたくさんあるのがわかった。
生き物が腐り、すえたような臭いが充満している。掃除はおろか、換気すらもされていない空間のようだ。先ほどから足元ではネズミが我が物顔で闊歩していた。
「ほら、ここ!」
「これは……」
鎖に繫がれていたのは、メイド服を着た一人の少女だった。
両手首が壁面から伸びている鎖に繫がれており、膝立ちの状態で固定されている。身体はやせ細っており、普段から満足に食事ができていない事が伺えた。
前髪が右目を隠すように伸びており、よく見るとそもそも眼球が無いようだった。
ただ、その傷口は最近できたものではなく、大分昔にできた傷ように見える。
この状況から鑑みるに、おそらくこの少女は拷問を受けていた可能性が高い。
「あなた、たち、は……」
何時間繋がれていたのは分からないが、かすれた声で少女は声を発した。
「クライ、どうする? 殺す? あたしが何もしなくても死ぬかもだけど」
「ああ、辛い目に合わされたんだろう、今楽に……いや待て」
「クライ?」
「…………」
鎖で繋がれた少女は早く殺してくれと言わんばかりの様子だ。この場で殺す事がもしかしたら彼女にとっての救いになるのかもしれない。ゴブリンの俺を見て驚かないのも、殺される事に抵抗がないからかもしれない。
殺すのはいつでもできる。だが今は、それよりも少しだけ優先する事があった。
「お前は……料理できるか?」
シエルはちゃんとした料理がしたいと言っていた。最初は道具や調味料があれば何とかなると考えていたのだが、メイドである彼女を見た時に名案が浮かんだ。
シエルに料理を教えてくれないだろうか、と。
強制ではなくお願いになる。嫌々させるとなると寝首を掻かれる可能性がある。人間を注意するに越したことはないのだ。
まあ、もし断るようだったら、この場で殺すつもりではあるのだが。
「……はい、もちろん、できます、が」
意味が分からないといった様子で彼女は返事をした。
「よし、シエル! 良かったな!」
さっそく、鉄格子を蹴破る。そのまま彼女の鎖を力づくでねじ切って、お姫様のように抱っこした。
「…………」
腕の中にいるメイドの少女は、全てを受け入れているかのように表情が固まったままだ。
「え? どゆこと? クライ?」
「こいつが、シエルの料理の先生だ!」
俺はシエルにそう言って、地下から屋敷の中へと戻る事にした。
「あ、クライ、ちょっと待って!」
シエルは俺の背中を小走りで追いかけてきていたが、気にせず彼女を運ぶことにした。
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