第6話 牧場の中で

「クライ、どしたの? ……えいっ!」


 シエルが俺に抱き着いてきた事で意識が覚醒した。

 俺は確か、村を襲撃した後、川辺で焚火をしていたんだった。


「ああ、いや、すまない……少し、昔の事をな」

「うん?」


 どうにも最近はふとした瞬間に過去の事を思い出したり、感慨に耽ったりする事が多くなっているような気がする。

 人間だと死ぬ間際にそう言った体験をするらしいのだが、それはゴブリンにも当てはまるのだろうか。少なくとも俺にはまだ目的がある、死ぬのはそれからだ。

 だが、本当に目的を達成してしまったら、


「…………」


 お腹がいっぱいになったのか、焚火の側で寝転がっているシエル。

 そんな彼女を見ながらどうしても考えてしまう。

 俺は本当にシエルを殺せるのだろうか。

 今でも人間は嫌いだし、殺す事に抵抗はない。

 10年も一緒に生活してきた。それは家族と言っても過言ではない。

 それでも、シエルは必ず最後に殺さなければならない。

 今まで人間どもの犠牲となってきた仲間達のためにもここで歩みを止める事は許されない。

 だが、せめてシエルを殺す前に、彼女のために何かをしてやりたい。なんてそんな事を考えてしまっている自分もいた。

 こういうのを人間臭い、というのかもしれない。


「シエル、何かやりたい事とかあるか?」

「どしたの? いきなり」

「いや、ちょっとな」


 ただの感傷、なのかもしれない。それでも俺ができる範囲で何をさせてやれるのなら、やらせてあげたいとも思う。だから、取り敢えずシエルに直接聞いてみたのだが、


「うーん? やりたい事かぁ……いっぱいあるけど、今は……料理がしたい」

「ああ……ん? 料理?」

「うん! 料理がしたい!」

「なんでまた。交替で飯の準備はしてるだろ?」


 飯炊きの準備はいつも交替で実施している。今日は俺の担当だったのだが、それが嫌だったという事だろうか。


「違うの! もっとちゃんとしたやつ! 人間達がやってるような、ね」

「なるほど……人間達の中には凝った方法で調理をする者達がいるんだったか」


 確か料理人という種族(?)だったか。


「あたしも、そういうの出来たらいいなぁって」

「確かに。美味いものが食えるというのは、人間にとっては重要か」


 正直俺としては、食った後に腹を壊さないのであれば食事などどうでもいい。

 だが人間のシエルにとって、美味しいものを食べるというのは、結構重要な事なのかも知れない。そんな事に今更気付いたが、俺からしてやれる事なんてない。


「……クライはあたしの作ったやつ、美味しいって言ってくれないし……もうっ!」


 シエルは俺の顔をちらちらと見ながら小声で何かを言っていた。

どうやら人間にとっては料理というのは重要な要素だったらしい。こんなに視線で圧を掛けてくるなんて初めてだ。


「わかった。次の村の襲撃時には、その辺りを考える事にしよう」

「やった! じゃあ今度は大きい家は残して、それ以外を燃やすようにするね」

「ああ。だが、次の村に移る前に……わかってるな?」

「うんっ!」


 楽しそうに返事をするシエルを見つめながら、明日の事を考える事にした。


 翌日、襲撃した村から歩く事半日、俺達は目的の場所である牧場に来ていた。

 風から漂う独特な臭いは、一般的な家畜が出す糞尿の臭いとは違う。つまり、普通でない牧場があるという事だ。

 牧場の外から見るに、大きな建物が複数見える。その中のどれかに例の工場があるという事になる。

 表向きはただの牧場のように見えるが、実際中で行われている事は……。


「まずは偵察するぞ」

「ゴリ押ししちゃえばいいのに」


 そういうわけにはいかない。

 敵の戦力がわからないうちに戦闘に入るのはデメリットが多すぎる。


「見る限り戦闘に長けた奴はいないように見える。だが、どこに危険が潜んでいるのかわからないからな。可能な限り慎重に行くぞ」

「はいはい。油断大敵、油断大敵」


 茶化したような発言をするシエル。

 本当に分かっているのだろうか。多少不安ではあるが、シエルが正面突破至上主義なのはいつもの事だ。何かあったら俺がフォローすればいい。


「まずは外周から様子を観察する」


 誰にも見つからないように牧場の外周をシエルと一緒に歩く。

畜舎などの建物が複数あるだけで、普通の牧場のように見える。ただ、中で起きている事を考えると吐き気を催す。

 何としてでも俺達の仲間を解放しなければならない。


「あ、あの建物の入り口にだけ衛兵がいるよ。しかも二人」

「あそこが牧場に違いないだろう。馬や牛がいる畜舎に衛兵を置くわけがないからな」


 衛兵が居る建物は、馬が百頭くらい入るんじゃないかと思うほど大きな建物だ。なのに入り口が一つしかなく、他の建物よりも壁面が頑丈な作りになっていた。


「クライ、どうする? 壁を壊して中に入る?」

「いや、それだと中の同胞たちに影響があるかもしれない。……はぁ、正面から行くしかないか」

「そう来なくっちゃ!」


 時間が惜しい、シエルの言う通り押し通る事にする


「俺は右の衛兵をやる、シエルは左の奴を頼む」

「よっしゃー!」

「行くぞっ!!」


 建物の入り口に向かって二人同時に飛び出した。

 異変には気付いた様子の衛兵だったが対応は遅い。その程度であれば、


「ん? 何だっ!? お前らはっ…………ゴフッ!?」


 鎧無しでも十分対処可能だろう。

 俺の拳が鳩尾に突き刺さった。衛兵は腹を抱えるように蹲るが、追い打ちの一撃として回し蹴りを頭に決める。死体が一つ増えた、ただそれだけの事。


「シエル、そっちはどうだ?」


 シエルに声を掛けながら振り向くと、そこにも一つ死体が転がっていた。


「もう終わってるよー!」


 この程度の相手にシエルが遅れを取るわけがなかった。


「中には魔法使い達が居るかもしれない。気を付けろよ」


 シエルに注意を促しながら建物の中へと入る。


「はーい!」


 音を立てずに通路の奥へと進む。作業員と思しき人間が数人居たがそれらは全て排除した。どうにも非戦闘員のようで、片付けるのに大した手間はかからなかった。

 通路の奥にある大きな表開きの扉を開くと、開けた部屋に出た。この牧場の中で最も酷い匂いのする場所。


「ちっ……」


 独房の様な場所で多数のゴブリン達が交わっている。

 魔法使い達によって精神を支配されているのか、同胞たちは一心不乱に行為に勤しんでいた。

 思わず大剣の柄を握り、振り回したくなった。しかし、室内ではこの大きさの大剣は振り回すのは少々勝手が悪い。今回は大剣の出番はなさそうだ。


「クライ。あたしはいつでも行けるよ」

「まずはあの魔法使いどもを仕留める――《装甲》」


 この部屋に居るソーサラーは4人、幸いにも魔法を行使する事に集中している。

 俺とシエルは一気に走って距離を詰めた。一番近い魔法使いの鳩尾に拳を叩きこむ。勢いを付け過ぎたのか、相手の上半身自体が吹き飛んだ。


「一人目」

「な、何だお前らはっ!?」


 叫んだ魔法使いの目の前には既にシエルが接近していた。

 シエルはその人間の頭を掴み、地面へと叩きつけた。


「よいしょー! 二人目っ!」


 脳漿が飛び出たは即死だっただろう。


「ひ、ひぃぃぃぃ……!!」

「きゃあああああああああああ!!!」


 この程度の戦闘で怯えるしかない雑魚どもに同胞たちがいいようにされていた事を考えると、冷静でいられなくなりそうだ。いや、もう既に冷静ではないはなくなっているか。


「三人目っ」

「よいしょっと、四人目ー!」


 俺とシエルは同時に死体を作り上げた。

 命を弄ぶのではなく、即死させてやった事は感謝されるべきだろう。


「これで全員か――《装甲解除》」


 魔法使いが死んだ事で、正気を取り戻したゴブリン達が鉄格子の向こうで俺達の事を見つめていた。相当な時間ここに居たのだろう、疲れ切った仲間達は叫ぶ事すらない。


「今からお前達を解放する」


 ここに居るゴブリン達に聞こえるように鳴く。


「……本当か? 我々は助かるのか?」


 鳴き声でだけで会話をする。この場でシエルだけは何を言っているかわからないだろうが、問題はないだろう。


「待っていろ」


 仲間達が閉じ込められている空間は、魔族を捕らえるために作られた独房で、並大抵の魔族は自力で出る事なんて不可能だ。俺でもこの鎧が無ければ到底脱出なんてできない。そしてそれは、外部から壊す事も非常に難しい造りになっている。

 なので、先ほど作業員を殺した時に入手した鍵を使って普通に開錠する事にした。


「出ろ。後はお前らの自由にしていい」

「皆……! 出られるぞ!!!!」


 次々と仲間達は独房から外に出て行く。歓喜の声を上げる奴、感謝の咆哮を上げる奴、泣きながら崩れ落ちる奴も居た。

 全員が脱出したのを見て、俺達も元来た道を戻る事にした。


「クライ、やったね!」

「ああ、付き合わせて悪かったな」


 人間を滅ぼすだけならこんな場所に来ていないで、もっと大きな町や村に行く方がいいだろう。だが、苦しんでいる同胞達を見す見す放っておく事も出来なかった。

 鎧の力があれば仲間達を助けられる、なんていう傲慢なのかもしれない。


「ううん。クライが居る場所があたしの居る場所だもん、どこにだって付いてくよ」

「はは、そうか……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る