第5話 約束の中で
住処を奇麗に掃除した後、生き残っている仲間がいないかを確認した。
しかし、想像通り生存者は0だった。見つかるのは仲間たちの骸ばかり。
「……くそっ」
地面に拳を叩き付ける。何度殴っても怒りが静まる事はない。
辺り一帯の地形が変わるほど殴り続けていると、いきなり頭の中にアモンの言葉が響いた。
『心中お察ししますが、一つ、助言をさせていただきます』
「……驚かせるな」
『これで言葉を交わすのは最後ですから、ご勘弁ください』
「……なんだ?」
胡散臭そうに話すアモン。力を貸してもらってはいるが、本当に信用しても良かったのだろうか。多少冷静になって来ると、そんな疑問も同時に浮かんできてしまう。
『今から森を抜けて街道の方に向かってください。そこで、人間の子供を見つけてください』
「それが契約の対象にあった人間の娘か」
『ええ、ええ、その通りでございます』
「殺されないように育てればいいんだな?」
『死ななければ、どのようにしてもらってもかまいません』
「死ななければ、か……」
俺にいったい何をさせようというのか。
『ええ、ええ、苦痛を与えても、拷問をしても、慰み者にしても構いません。ですが……どうかこの娘を死なせないように。この娘が死ぬと同時に、あなたも死ぬ事になるでしょうが』
「ちっ……わかった」
『お伝えしたい事はこれで以上になります。それでは、良い星5の人生を』
アモンの声が聞こえなくなる。呼びかけてもアモンからの返答はない。
「はぁ……取り敢えず、行ってみるか。たしか、街道の方だったな」
アモンに言われた通り、森を抜けて街道の方へと向かう事にした。
何故か驚くほど森が静かだったのだが、これも冒険者たちが森を荒らしたせいだろう。
そんな静寂な森を抜け街道に出ると、馬車が一台横転していた。
馬はおらず、貴族と思われるような身なりの良い人間達が死んでいる。その中に一人、座り込んでいる少女が居た。
人間でいうところの5歳くらいの少女。日光を反射するような金髪と肌触りのよさそうな衣類を纏っていた。
俺はゆっくりとその少女の元へと近づいて行く。
「…………」
少女は俺に気付くが、座ったまま見上げるだけで動こうとしない。
まったく面倒な事だ。人間を殺すための力を手に入れたというのに、その人間を育てる事になるとは。だが、契約は絶対だ。アモンの言う通りに、この娘を育てなければならない。
俺はその少女の前に座り、兜を脱いだ。
「……ゴブ、リン?」
「そうだ」
俺を見てもまったく驚く様子がない。
人間は俺達を駆除の対象としてしかみていないものだと思っていたが、この娘にとってはそんな事はどうでもいいようだった。
「……私を食べるの?」
「そうかもしれない」
いまからお前を育てる。とは言わずに、とりあえず言葉を交わしてみる。
せっかく言葉を話せるようになったのだから、今から育てる事になった娘と会話をしてみるのも悪くはない。
「……そっか」
それきり少女は黙り込む。先ほどからずっと死んだ魚の様な目をしている。
「食べられる、それでお前はいいのか?」
「……もう、いい」
「そうか、いいのか……何があったんだ?」
「……追手から、逃げてきた」
「追手? その追手はどこに行った?」
「……わからない。気付いたらここに居て、皆死んでて、誰もいなかった」
何があったのか、自分でもわかっていないようだ。
「どうして追われている?」
「……私は生贄なんだって、世界のために死ぬべきなんだって。だから、皆死んだの、私を逃がそうとしたお父様もお母様も、お兄様もニコラもアウローラもシリウスも、皆、皆……」
枯れきったはずの腫れた少女の瞳から一筋の涙が流れた。
他者から自分の存在を定義され、生命を掌握されるなんて馬鹿げている。
少女の言葉を聞いて、本当に人間という生き物は愚かだと思わざるを得なかった。
「……人間なんて皆死ねばいいのに」
「ほう、奇遇だな。俺も同じ事を思っていたところだ」
「……あなたも?」
「ああ、だから――」
俺は少女を抱き上げ、肩の上に乗せた。
「一緒に来ないか?」
「……どうして?」
少女の質問に俺は、
「お前が気にする必要はない。……契約があっただけだ」
他の感情がないでもないが、上手く言葉にできなかった。
「……そう……でも」
「でも、なんだ?」
「……私を連れて行ってもいいの?」
「ああ、問題ない。俺は独りだからな」
「……ゴブリンさんも独りなの?」
「ああ、皆殺されたよ、人間にな。だから俺は人間を殺す、一人残らずな」
「……そう」
「じゃあ、今からお前を連れて行く。いいな?」
「人間を殺すのに、私を連れて行くの?」
「ああ、そうだ。そういう契約なんでな」
「……あの、一つだけお願い、していい?」
「なんだ、言ってみろ」
「……あのね、人間を一人残らず殺すなら、最後には――」
「最後には?」
「――私も殺してくれる?」
子供ながらに恐ろしい眼をするものだと思った。吸い込まれそうな蒼い瞳。
未熟な故の冗談だと全く思えない。だから俺はその少女へと向き合い、
「ああ……殺してやる」
俺は少女と約束をした。人間滅ぼした暁には、少女を必ず殺すという約束を。
「お前、名前は?」
「……私の名前は、シエル・ファム・シュテルライツ」
「名前長いな……シエルでいいか? 俺は……クライだ」
「……クライ、うん、クライ」
そんなやり取りをした後、俺はシエルを肩に乗せたまま、住処へと戻る事にした。
森の中を歩いている途中、くぅ、という可愛らしい音が聞こえてきた。
「……お腹、空いた」
あいにく食べ物の持ち合わせはない。
その辺に生えている茸や山菜を食べさせようと思い、その場で収穫した食料をそのまま渡した。それを受け取ったシエルは、何とも言えないような表情をしていた。
「……そのまま?」
「ん? ああ! そうか、人間はそのまま食えないのか」
何とも人間は不便な生き物だ。
住処へと戻れば、先ほど冒険者達から回収した保存食などがある。それまで我慢してもらうしかなさそうだ。
「すまないが、我慢してくれ」
「……うん」
返事をしたシエルのお腹が再び可愛い音を鳴らした。
逃げるのに精一杯で長時間何も食べていないのだろう。人間でもそのまま食べられるものはないだろうか。
普段はそんな事を考えながら森の中を散策する事がなんてない。面白い感覚だった。
「あ、アレだったら……」
俺は木の上になっている赤い木の実を一つもいで、シエルへと手渡した。
「……あ、リンゴ」
「ほら、食え」
シエルは一瞬皮ごと食べるのをためらう。だが、大きく口を開きかぶりついた。
「……すっぱい」
眉を顰めながらもシエルは無我夢中でかぶりついている。
リンゴを食べ終えたシエルの顔は汚れていた。俺はそれを優しく手で拭う。
ちなみにだが、果実の飛沫で俺の顔もベタベタになっている。
「……クライ」
「なんだ?」
じっと俺の目を見ているシエル。
「……なんでも、ない」
「そうか」
それっきり俺達は会話する事なく住処へと戻る事になった。
肩の上に居るシエルは、俺の頭に寄りかかりながら夢の世界へと旅立っていた。
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