第4話 鎧の中で
人間を殺すために力を得るのに、その人間を育てろとはどういう事だろうか。
疑問を抱かないわけではないが、俺には選択肢などそもそも存在しない。
何もしなければこのまま死ぬだけだ。
そして、このままではゴブリン達も滅亡へと向かうだけだ。
であれば、ここで力を得ないという選択肢なんてない。
人間達の思惑通りに滅ぶ事を自ら選ぶ事などするわけがない。最後まで足掻いて、足搔いて、足掻きまくってやる。
「まあ、まあ、疑問を思うのは当然ですとも。ですが……他に選択肢はあるので?」
足元を見られているのはわかっている。それでも、力を得られるのであれば、そんな事は些細な問題だ。
「……かまわん、早く契約しろ」
「んっん~、いいお返事ですねぇ。私の目的の達成にも近づきます……あ、一応ですが、私に危害を加えない事も条項に加えておきましょう」
「お前の目的?」
俺が怪訝な顔をすると、
「ご紹介が遅れました。私は魔王軍幹部、作戦参謀アモン、以後お見知りおきを」
「なるほど、そういう事か」
俺が生まれる前から何十年と人間と魔族は戦争を繰り返している。その対立の最前線を担っているのが魔王軍だ。その軍の魔族が人間を滅ぼすために魔族に力を与えるというのは別段おかしな話ではないが……一つだけ気になる事がある。
「だが、どうして俺なんだ?」
どうして俺に力を貸すのか。ゴブリンのように弱い種族ではなく、ドラゴンやセイレーンのような強力な種族に力を貸す方が順当に強い味方になるはず。
「ええ、ええ、そこに疑問を抱かれるとはお見事です。実は私、多少の未来予知ができまして、あなたに力を貸せば、私にとって非常にたくさんのメリットが舞い降りる。ただ、それだけの事です」
「未来予知、だと?」
そんなに強力な力があるのであれば、思い通り好き放題に行動できるのではないだろうか。
と、そんな俺の考えを先回りするように、
「と言っても、見えるのはその時点での未来のみ。数秒後にはその未来とは違う状態になっている事なんてよくある事です。完璧な能力ではないので悪しからず」
「そうか、まあいい」
自分で聞いておいてアレだが、理由などどうでもいい。人間を滅ぼせるのであれば。
今から始まるのは俺達の尊厳を掛けた戦い。人間達を滅ぼすまで終わらない泥沼の戦争。
「それでは今から、あなたを元の場所に戻しま……ああ!? 一つ忘れていた事がありました」
「なんだ?」
わざとらしく驚いているアモンの方を見る。
「ゴブリン族は名前を付ける習慣がありませんよね?」
「そうだが」
「ですが、それでは少々不便ですね……。不肖私めが名付けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「それは、かまわんが……」
「そうですね~。どんな名前にいたしましょう……そう言えば、あなたの死に際の咆哮、星5の音色でしたね……でしたら、クライなんて名前は如何でしょう」
「クライ、か。わかった、それでいい。それよりも早く――」
「ええ、ええ、わかっていますとも。それでは、いってらっしゃいませ」
アモンが指をパチリと鳴らすと、俺の視界が暗転した。
目を開くと目の前には冒険者達、どうやら森の中に戻ってきたらしい。
どういう魔法もしくはスキルを使ったのかは分からないが、今重要な事はそんなじゃない。
冒険者達は俺から離れるように後退った。その表情は驚きに満ちている。
無理もない。何故なら全身の傷が時間を戻したかのように治っていたからだ。
「なっ! どうして傷が!?」
「ねぇ!? コイツやばいんじゃない!」
盗賊の男と魔法使いの女が何か言っているが、
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」
仲間たちの驚きを無視して、戦士の男は直剣で切り掛かって来る。
武器も何も持たない俺には抵抗する手段はない。
突如、頭の中にアモンの気持ち悪い声が響く。
『あなたが得た力は、ふむふむ鎧ですか。鋼の意思を持つあなたにはふさわしい力ですね。まあ、少々搦め手には弱そうですが……。使い方はわかりますね?』
「ああ、問題ない――」
「――《装甲》」
呪文を口にした瞬間、身体の周りが淡い光に包まれる。光が消えるとそこには全身を覆う白銀の鎧、白銀の兜。
漲る力が万能感をもたらす。戦士の男が振るう攻撃をそのまま腕で受けるが、
「ぐぁ!? 弾かれただと!」
剣を弾かれた反動で仰け反った戦士へと殴りかかる。
拳がその男の顔面に叩きこまれた瞬間、床に落とした西瓜のように砕け散った。
頭部が無くなった男はその場に崩れ落ちる。
「え? え!?」
「馬鹿っ! 伏せろ!」
盗賊の男が叫ぶが、魔法使いの女は気付くのが遅すぎた。
俺は俺を刻んでいたナイフを投擲した。それは一直線に飛んでいき、魔法使いの女の首に突き刺さる。
「ぴぎっ」
魔法使いの女は奇妙な声を上げ、仰向きに倒れた。
「な、何なんだよっ! お前っ!」
「ただのゴブリンだ」
怯えている様子の盗賊の男は腰だめにナイフを構えた。
「……っ喋れるわけねぇだろ! 普通のゴブリンはぁよぉ!」
「安心しろ、一撃で仕留めてやる。お前らと違ってな」
「くそっ!」
その男はナイフを構え、突き刺そうとしてくるが、
「ふんっ……!」
戦士の男が持っていた直剣で横薙ぎに払った。
男の上半身がその場に落ちる。剣の切れ味が悪かったのか、引き裂かれたような傷口だ。俺はこいつらのように命を弄ぶ事はしない。
「……ふぅ」
冒険者達の亡骸を見つめる。
死んだのにも関わらず戦士の男はまだ動いていた。俺は人間だった物体を踏み抜いた。赤い血を撒き散らかして四散する。
「なるほど、これはいい」
剣をその辺に投げ捨て、拳を握ったり開いたりして、力の感触を確かめる。
今までに味わった事の無いほどの力の奔流。圧倒的なまでの全能感。
この力があれば、人間どもを皆殺しにできる。だから次は、
「……ゴミ掃除だ」
俺達の住処へと戻れば、ゴブリン狩りに参加した冒険者どもはまだ居るはずだ。
「待っていろ、人間ども……!」
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