第7話 友達とカラオケ

 しおんは本当に可愛い。

 美しい黒髪に入るハイライトはまるで天使の輪っかのようで。天使です。

 その上歌も上手いと来たもんだ。


「〜〜」


 しおんは歌い終わるとふぅっと吐息を漏らす。


「しおんさん歌もうまいんですね〜」


「え? そうかな?」


 しおんは満更でもなく嬉しそうに笑う。

 まあ、満更では無いが。


「アイドル目指せますよ」


「いやムリムリ! 人前で踊るのとか歌うのとか……」


「え? でも私がいても結構緊張して無さそうだけど」


 私をチラッと見て目をぱちぱちとする。


「ゆいだから……」


 しおんは少し頬を赤らめ私から目をそらす。


 わあ、なんてあざとい子なんだ!

 こんな顔されたらそこら辺の男の子なんてイチコロだぞ。


「そんなに上手なら人前で歌っても大丈夫だって〜」


「いや、そうじゃなくて……」


 しおんはため息をつく。


「じゃあ次ゆいの番」


「え?」


 私は絶妙な音痴だ。

 笑えるくらいの音痴でもなければ、上手でもない。


 1番タチの悪い音痴だ。

 そんなのを考えてるうちにイントロが始まる。

 しおんのやつ、勝手に入れやがったな!


「ほらほら〜はじまっちゃうよ〜」


 しおんは私の手にマイクを手渡す。


 よし、こうなったら本気で歌ってやろう。



 ♩♫



 歌いきった。

 点数は──89点。

 点数が甘い機種だからあんまりあてにはならないが、この歌の平均が87だから平均を越せてちょっと嬉しい。


「わぁ、久しぶりにゆいの歌聞いたけど上手になった!」


「へ! 中学生の時とは違うんですよ!」


 聞いたか!平均以上の歌声を!


「ほんとに! 私めっちゃ好き」


 好きって……歌が上手い天使に言われると「上手」よりも嬉しいな。


「えー嬉しいなあ」


 私は横髪の触覚をくるくるといじる。

 ふとしおんへと見やるとしおんが私をじーっと見つめていた。

 私はまた触覚をいじる。

 恥ずかしい時の癖だ。


「ゆい顔赤いよ」


 しおんがすっと、私の手が触れるくらいとなりまで寄ってくる。

 ふわっと何か甘いお花のような香りが私の鼻腔をくすぐる。


「え?そう?」


「うん赤い。熱あるんじゃない?」


 そう言っているのを聞いてる間に私の目の前にはとっても可愛い女の子の顔があった。

 私は自分で頭に血が上って行くのを感じる。

 しおんは私の前髪と自分の前髪ををペラっと上げおでこをくっつけている。


 そのまま数秒。


 やがてしおんはおでこを離し、私の前髪を手で優しくなおし、自分の前髪もなおし始める。


「私と体温あんま変わんないね」


 私と向き合うために椅子の上に女の子座りをしたしおんが微笑んだ。

 なんだかしおんのバックにお花畑の幻覚が見えた。

 私は溢れ出ている手汗をバレないようにおしぼりで拭きながら、ほっと一息吐いた。

 ふと、ポケットから携帯を取り出し時間を見ると『21:23』という数字が私の視界に容赦なく写った。

 やばい、今日は妹の入学祝いするはずだったのに。


「しおんそろそろ帰る?もう9時過ぎちゃってるし」


 次の曲を入れようとしていたしおんに言う。


「え、もう? 早くない〜?」


 声のトーンが0.5くらい落ちていた。

 私は少し怖くなり心だけ少し身じろぐ。


 そうだ。

 しおんは私に対して『カラオケに行きたい』とお願いした。

 そして今、しおんは私に対して『お願い』は出来ない。

 私が帰りたいと言えば帰れるし、帰りたくなければ帰らなくても良い。


 しおんはカラオケの機械で曲を選んでいる。

 その横顔は整っていてとても綺麗だ。

 あまり表情を動かさないしおんは珍しく、いつも天使のようなしおんが無表情の時はとても儚く見える。


 私の『お願い』さえ聞いてくれないような。

 私に『お願い』さえさせてくれないような。


 私の全てを知っている。


 彼女はそう言っていた。

 私はこの能力のようなものを誰かに話したりはしない。

 私に得もないし、話してどうにかなるものでもないと思うから。


 でも生活が少々不自由なのは事実。

 こんな簡単な『お願い』でも、人を勝手に動かしてしまう。もしかしたら、人の心ですら勝手に動かしてしまう。


 人にどう思われてるかとか、どう見られてるかとか敏感な私は、人がどんなことを考えてるかとかは人並み以上にわかる方だとおもう。


 だけど、私が何かを『お願い』した時、そこにその人の心が無いように感じる。


 その人の気持ちも都合も全部無視して、私の願望を受け止めさせる。

 それは私にとって気持ちの良いものでは無いのは確か。


 いや違う。

 私より周りの方が気持ちの良いものでは無いはず。


 あー。

 本当に傲慢で怠慢だ。




 時々、いっそ死のうと考えたことだってある。



 でもね。


 私が何もお願いしなくても、私へ何かお願いをしてこなくても、私の事を知ってくれて──理解してくれて、全てを受け入れてくれた人がいる。

 その人のおかげで、今もこんな綺麗な世界で頭のおかしい不純物が生きているんだと思う。


「もう帰りたいな」


 ねえしおん。

 私が頭の中を覗けなくても、過去が分からなくても、こんなに長い期間一緒に居れば分かることだってあるよ。


 表ではとっても天使だけど実はちょっと性格悪くて悪魔みたいなとこも。


 天使みたいな笑顔も、何回も練習して計算されたものだって言うことも。


 言葉遣いだって、とびきり可愛いけどあざとすぎないのを毎度選んでるのも。


 人を気遣えて、優しくできて、話も面白い、みんなに慕われていて、でもちょっとそういう自分が嫌で。



 そういうのって自分から話さなくたって一緒に過ごしていくうちに勝手に分かっちゃうものだから。



 いくら、しおんが私のことをって、結局今まで一緒に過ごしてきたら同じことだよ。



 だから私だってそれくらいしおんのことは好き。



 これが恋愛感情なわけはないが。



「うんそうだね!もう9時すぎてるしね〜」



 私としおんはカラオケを出て、帰路につく。

 他愛もない話で笑い合いながら、時に知らなかったことを知って驚き合いながら。

 とても楽しくて、普通な時間。


 願望ってなんだろうか。

 願望の言えない、流されてしまうだけのよくいる女子高生だったら良かったんだろうか。

 でもなあ。

 あんな願望も言えない生きてるか死んでるか分かんない人間にはなりたくないし、今の方がいいかもなあ。

 ちょっと口が悪いか。


 でも、私は楽しく生きてると思う。


 ちょっと生き方が違うだけで。


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