第4話 小学校の時

 私の小学校時代は楽しくもあり、寂しくもあった。

 けど今からの話はその楽しかった部分。

 寂しい部分はできるなら話したくないから。

 思い出したくないから。


 とは言うがいつか話さなければいけない時が来るのはわかっている。

 でもその話を聞いてくれる人は、慰めてくれる人でも、共感してくれる人でも、ひたすら一緒に泣いてくれる人でもないはず。

 私の悪かったところをしっかりと叱ってくれる人。

 そんな人が現れてくれたら。



 ◇



「将来おとなになったら結婚しようよ」


 天使のような笑顔で私の手を両手で覆うように握る女の子。

 その女の子は小学5年生の私の唯一の友達、沙苗紫音さなえしおんだ。


「えぇ〜、そんないきなり……」


 公園の屋根付きアスレチックの中、急な雨から雨宿りするため二人小さくしゃがんで雨が止むのを待っていた。

 私の前にしゃがんでいる女の子が頬をプクッと膨らませ、また、真剣な顔つきに変わる。


「ゆいさん、私と結婚してください」


 しおんの目の周りは雨に濡れたせいか少し水気を帯びていて、それが涙ようにしおんの艶やかな頬を伝った。

 私の手をより強く握るしおん。

 梅雨とはいえど、雨に濡れたその体からは体温が奪われ、しおんの手の温かさが際立つ。


「ちょっと考えたいなー……って」


「なんで」


「え、だって女の子同士って……」


「そんなの関係ないよ」


 しおんは真剣な顔を崩さない。

 しおんはいつもは笑顔でほわほわしている感じだ。もちろん冗談で真剣な顔で何か言うこともある。しかし、今の感じはいつもと違うような気がした。

 冗談じゃない、私は本気だ。と、表情が云っているように見える。


「私はゆいが好きなの。友達とかじゃなくて、ちゅーしたいとかの好き」


「そうなんだ……」


「そうなの……だから、将来結婚できるようになったら結婚したいな。それまでは普通の友達でもいいし、友達じゃなくてもいい。でもいつまで経ってもゆいの事が好きなのは変わらない。だから約束して欲しい。どんな人に出会って仲良くなっても私と一緒に居てくれるって」


 しおんの目には涙が溢れていた。

 頬を伝う涙を見ると私までもらい泣きをしてしまいそうになるのをグッとこらえ、しおんの言葉を受け止める。

 正直私のことをこんなに可愛い子が好いてくれているのは嬉しいし、友達の少ない私にとってずっと一緒に居てくれる人がいるって言うのも嬉しい。


 嬉しいはずなのに、不安が勝る。


 まず女の子同士って言うのがよく分からない。

 しおんが何を考えているのかよく分からない。

 そもそも恋愛って言うのが何かわからない。

 それに、私がそんな事していい資格があるわけない。


「ゆい」


 ゆいはやっと少し微笑んだ。

 そして、発せられた言葉。


「私知ってるんだ……ゆいの


 なんで……

 隠していた。

 誰にもバレたくないから。


 から。


 なんで知っている。

 なんで私に言う。

 どこまで知っているんだ。


 ふと、熱い雫が何個も頬を伝っていることに気がついた。

 私は泣いているのか。

 多分頭がパンクしたんだろう。


 お母さんは私のせいで死んだ。

 お母さんは病気だった。病名はアルツハイマー型認知症。


 いつからか私の顔を忘れられていた。

 いつからか私を殴るようになっていた。

 いつからか転勤でお父さんは帰ってこなくなった。

 そして私はひとりぼっちになった。


 洗濯を回して干して、レンチンの食事をして、お皿を洗って、1人で眠る。


 たまに祖母が来るが、祖母も病気であまり顔を出すことが出来ない。

 しかし、その祖母も2ヶ月前に亡くなった。



 なんだ。悲劇のヒロインを演じたいのか。

 そんなの、お母さんを殺した自分を慰めているだけだろう。



 私はとてもおかしな子だったらしい。

 周りの人間に愛されない。周りの人間も愛さない。


 ある日、私は認知症のお母さんとスーパーに買い物に行った。


 最初の方は順調で、普通に話もできるし買う物もしっかりと合っていた。

 しかし、お母さんに「お菓子選んできな」と言われ、私は認知症のお母さんを1人置いて行ってしまったのだ。


 その後お母さんには会えなかった。


 お母さんは電車に轢かれたらしい。

 踏切の近くのスーパーで、手ぶらで線路の真ん中にたっていたらしい。


 あの時に私が「お母さんとお買い物行きたい」と言わなければ。

 祖母やお父さんに言って一緒に着いてきてもらえば。


 なんて。


 思ったり。




「……なんで知ってるの」


 私はどんな顔をしてるのか。

 怒っているのだろうか。

 泣いているのだろうか。

 もしかしたら笑顔かもしれない。


「あのね──」


 しおんは多分精一杯の笑顔をした。

 そして、私の冷えた体を精一杯強く抱き締めた。


「──そんなのわかるよ」


 とても薄く優しい声。

 耳元で鼻をすする音。

 私の肩に熱い雫が何個も落ちる。

 私の心を見透かしたようなその言葉に、私も涙を流す。


「私は分かっちゃうんだ……分かりたくなくても分かるの」


 しおんが私の服を強く握る。


「ゆいの感情も経験も全部……私には


「どういう……」


「だから、ゆいの全部、今までの全部を合わせてゆいが好き」


「……」


「はは、気持ち悪いよね──」




「──気持ち悪くない」




 気持ち悪くない。

 怖くもないし、嫌でもない。

 私だって同じような能力があるし。

 むしろ


「話してくれて嬉しい」


「……ほんと?」


「私のことならわかるんでしょ?」


 強く抱き締められている私は、シオンを強く抱きしめ返す。

 それと同時に喉を鳴らしながら大泣きした。


 二人で。




 先に泣き止んだ私はしおんの背中をとんとんとして子供をあやす様にしていた。


「しおんはなんで私と結婚したいの?」


 しおんの目の周りを真っ赤になっていた。


「ゆいのことが好きになっちゃったから」


 私の耳元でしおんが少し枯れたような小さな声でそう呟いた。


「でもそれだけなら恋人でもいいんじゃないの?」


「──だめ」


 また、私の腰にまわした腕で私を強く抱く。


「……私はもうゆいの事全部知っちゃったんだよ。ゆいの辛い経験も。そんなの知ったら……」


 全部を知られている。

 それは、恐怖を感じる人だっているはず。

 でも、私のともだち。とても大事な。


 私は嬉しい。


 自分の事を理解してくれる人がいてくれて。


「ゆいの事を幸せにしたいって思ったから。ゆいと一緒に幸せになりたいから」


 幸せってなんだろうか。

 普通が幸せなのだろうか。


 いっか。そんなの後で知れば。



「いいよ、結婚しよう」



 しおんはもっと泣いた。

 これは多分違う感情から来るものだろう。

 私は元々おかしんだ。性別なんて関係ない。


 わ、私もしおんのこと可愛いと思ってるし、恋愛対象としては見れるかなーって。










 そんな大きな『お願い』されても私が断れないのだってだよね?


 しおん。

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