第9話 ノルマ
「そんなに気になるのならメールしてみたらいいじゃん?それで嫌われたとして何も失うものは無いんだから」
僕は淡々と半ば突き放すように言った。
「でも何て送ればいいの?これといって送ることも無いし・・・・・・」
「そんなこと、内容なんて何だっていいんだよ!とりあえずメールを絶やさないことが大事なんだから!」
とくに根拠があってのことではないが、元来がマメにメールするタイプではないうえ「石橋を叩いても渡らない」ほど臆病なきらいのある彬である。僕としてはこうでも言わざるを得ない。
だがここでいくらあがいたところで事が上手く進み、彬が桂子と付き合えるなどとは万が一にもありえないだろうとも考えていた。
では一体どういうつもりで彼をけしかけているのかというと、実際に交際に至らなかったとしてもこの機会でもって男女における実践的なコミュニケーションを重ね、またその過程で経験するであろう容赦ないほど厳しい現実は、きっと彬の女性に対する耐性を高め結果的に良い出逢いに繋がるのではないかと考えたからである。
そこで僕は、彬に対してあるノルマを課すことにした。
「メールを週に2回は送ること!」
「えっ?それは返信がなくても?」
戸惑う彬をよそに、僕は続ける。
「返信があると期待する方がどうかしてるよ!返信があったら『ラッキー』くらいに思わなきゃ!」
「・・・・・・でも、そんなにメールする話題もないし」
「だったら天気の話でもすればいいじゃん?要はおまえからメールがくるってのを日常にすることが目的なんだから!」
「ふぅ〜ん」と呟くと、彬は目を瞬かせて分かったような、分からないような顔をしている。
「それってストーカーにならない?」
「もちろん明確に拒否られたらダメだよ?ただし、そうでないうちは週2回までなら大丈夫でしょ?・・・・・・根拠は無いけどさ?」
そう言い終えると僕は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと〜!こっちは真剣なんですけど!」
そう言いながら彬もつられたのか表情を崩している。
そもそも根拠が無いことはお互いにハナから承知のうえだ。そのうえで二人して無い知恵を絞り、「あーでもない、こーでもない」と考えを巡らせ、僕は僕で思いつきに過ぎない適当なアドバイスを偉そうな口振りでもって説く。
そんな刹那にふと第三者的な視点に立ってみると、一連のやりとりがまるで茶番のように思えて、その滑稽さに我ながらつい可笑しくなってしまうのだ。
「そもそも、おまえはストーカーになるほど一人の女に執着したことなんか無いじゃん?ストーカーになるくらいの情熱と行動力があれば、いまだに独身ってことはないと思うけど?」
「まぁそれは確かに・・・・・・」
彬は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも同意せざるを得ないようだ。
「そういう訳で、拒否されない限りは週2回のメールは欠かさないこと!あくまで返信がなくてもだよ?ただし間隔は3日くらいおいた方がベターかもね?」
「難題を課している訳ではない」
そう思わせるためにも、僕はあくまで軽い調子を装った。
「何度も言うようだけど返信がないことを気にしたらダメだよ?そんな余計なこと考えなくていいから、あっけらかんとメールしなよ!少しでも卑屈な感じが伝わったら、それこそ気持ち悪い人と思われるから」
念押しをするつもりで僕はあえて声のトーンを落とした。
「まぁ、何となくは分かったけど・・・・・・どうかなぁ〜?とりあえずやってはみるけど・・・・・・」
半信半疑なのだろう、彬は苦笑いを浮かべながら困ったように首をひねった。
思えばそれも当然の反応で、これもまた何ら根拠に基づいたアドバイスでは無い。とはいえ相談した手前、僕のアドバイスの一切を拒否することはできないのだろう。ついに観念したらしく、ひとまずは受け容れる姿勢を見せた。
「でも、しつこくメールすると桂子ちゃんに悪いし・・・・・・ ほんとに大丈夫かな?」
とはいえ、やはり不安なのだろう。思案するような表情でぶつぶつとひとりごちると、彬は氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを音を立てて飲み干した。
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