第4話 珠緒と桂子

 珠緒は既婚ではあったが子供がいないこともあり友人との旅行を楽しみにしているらしく、年に一度は欠かさず出かけているのだという。そして今回彬がしでかした相手こそ、その友人である大園桂子おおぞのけいこなのである。


 結論からいえば、その日飲み会の席で桂子と連絡先を交換したのは彬ただ一人で、それも小池と鈴木にけしかけられてということらしい。

 彬にとってそれは幸運ともいえるのだが、ではなぜ彼らが彬をそう仕向けたのかというと一言でいえばと桂子に対する興味を完全に失ったからである。


 というのも珠緒の友人で独身と聞いていた彼らは、てっきり年下か少なくとも同い年だろうと思い込んでいたようだ。それは彬にしても同様で、「想像していたよりもおばさんで、えっ?ってなった」と失礼極まりない感想を口にしたほどである。ちなみに桂子は今年で46歳になるのだという。


 珠緒と桂子の付き合いは思いのほか長く、出会いは18年前まで遡る。

 彬と大学のゼミで一緒だった珠緒だが、彼女は大学を卒業した後に今度は歯科医になるべく歯学部への再入学を果たしていた。

 珠緒の実家は歯科クリニックを営んでおり、当初は長男である彼女の兄が家業を継ぐものと考えられていた。そんな訳で珠緒にしてみれば重責は兄に任せ、本人は何のしがらみもなく自身の興味の赴くままに大学では政治学を専攻しゼミもそれに関するものであった。

 ところが歯学部に通っていた兄が不意に中途で退学し、法曹の道へと転じることになったのである。そこで焦った両親は急遽長女である珠緒に白羽の矢を立てたのだった。

 彼女にしても政治学を専攻していたとはいえ、まさか政治家を目指している訳ではなくとくにこれといってやりたいことがある訳でもなかったのだろう、すんなりと両親の意向を受け容れると歯科医を目指すべく、まずは受験予備校へ通うことになったのだ。


 一方で桂子もまた珠緒と同様に一風変わった経歴の持ち主で、彼女の場合は一度医学部への入学を果たしたものの大学生活に馴染めなかったのか早々に退学すると、その後しばらく会社勤めをしていたのだという。

 しかしそれからしばらくして心境の変化があったのか、もしくはクリニックを経営する両親が説得したのか詳しい経緯は定かではないものの、再び医大を受験することになりそのためにやはり受験予備校へと通うことになった。そこで出会ったのが珠緒だったのだ。


 そんなふたりだからこそ余計にウマが合ったのかもしれない。晴れてドクターとなり珠緒は実家のある伊勢へ、桂子は大阪の総合病院に勤務している現在いまに至っても、年に一度は多忙な時間をやり繰りしたうえでふたりして旅行に出かけることだけは欠かさないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る