止まれ

 私の役目は終わった。後は彼女がきちんと天国に行けるように祈るばかりだ。


「じゃあ、行くか」

「おう。日没までに間に合うといいがな」


 そんなことを言って馬車に乗り込む警吏二人だが、しかし、その馬車がすぐに発進することはなかった。


 馬車の進行方向から、馬の蹄の音が鳴っていたのである。


「おうい、そこの馬車、止まれ!」


 私は訳が分からず覗いてみると、警吏たち二人と同じく、制服を着たお役人が馬に乗ってやって来たところであった。


 どうやら二人の上司らしい。二人は馬車から急いで降りて、馬にまたがったその役人に向かって敬礼した。


「おい、この馬車にはフランツブルグ家の当主を殺害した罪人が入っているのか」


 お役人が馬から降りて、鉄格子のはまった扉を開けた。


 突然に開かれた扉に、彼女は目を見開いた。


「えっ…」

「おい、この女か」


 役人が警吏たちに聞く。


「は、はっ! 確かに、フランツブルグ殺害の罪人はこちらで御座います」

「そうか。喜べ、女。貴様の冤罪が晴れたぞ」

「え?」


 思わず、頓狂な声が上がる。


 役人は彼女の手枷を外すと、慎重に馬車から降ろした。


 彼女の裸足が、地面に付く。


「お前らも、今日はもう仕事はなくていいそうだ。馬車だけ返して、身体を休めるといい」

「はっ!」


 そう言い残して、お役人は馬にまたがって、立ち去って行った。


「っしゃ、ラッキー」

「早く返して休もうぜえ」


 警吏たちも、そうそうに立ち去っていく。


 そんななか、彼女と私だけが、呆然としたようにつっ立っていた。


 何が起こったのか、よく分からない。


「えっ…と、どうして私……。牧師様が何かしてくださったのですか?」

「いいや、何も…貴方の話を聞いていただけですよ」


 そんなことを話していると、ふと、彼女の背後に、人影が見えた。


 私は年老いているから目が悪い。


 しかし、その影は、なんとか認識できた。


 背が高く、礼服をきちんと着ている男だ。ぼやけていて曖昧だが、恐らく髪は黒色だろう。


「間に合ってよかった!」


 その声に、彼女が目を見開いた。


 まさか。そう言いたげな顔をして、何度か躊躇うように首を振った後、ゆっくりと顔を上げて、恐る恐る振り返る。


「待たせてごめんね、僕の愛する人」


 彼女は口元に震える手を当てて、両の目から大粒の涙を流していた。

 そんな彼女に、男は歩み寄り、彼女に視線を合わせるようにかがんだ。


「まさか……嘘、」


 涙で濡れた頬を、優しくぬぐう。


「嘘じゃないよ。僕はここにいる」

「……よかった…」


 二人は互いを見つめ合い、そして、ひしと抱きしめた。


 …神よ、感謝します。



 私は、次の懺悔を聞くために、まだ見ぬ場所へと足を進めた。

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