メシア

 彼らの乱闘は動き、舞台は石造りの大橋になっていた。手すりも柵もなにもない、闇の上に浮かんでいるただの一本の道である。


 あまり横幅がないそこは、その上にいる者を飲み込まんとせんばかりに大きな風が吹きつける。


 そこは通路からの距離も近く、戦いの熱が、彼女のところまで伝わってくるようだった。


 その戦いの裏、森の遠くの方では、狼の遠吠えや、きっと近くで狼と戦っているであろう兵士たちの声が響いていていた。


 馬が甲高い声でいななき、ときどき銃声も聞こえるようだ。久しい餌に、狼たちも躍起になっているのか、その群れが蔓延る森を抜けるのに、なかなか苦労しているようであった。


 しかし、その一瞬。丁度フランツブルグが銀色の剣を振り上げたところだろうか。

その騒音のなかに、甲高い悲鳴が混じった。


 聞き慣れた声。遠くの方から発されたらしい。あの耳をおおいたくなるような、マシェリーが心から嫌悪した声だ。


 (奥様…)


 すると、視界の隅で、何かが舞い上がった。




 夫人の耳をつんざくような悲鳴が聞こえると、フランツブルグはその声に反応したように、少し視線をずらした。


 その隙をついたのだ。


 サヘラベートは剣をうまく使い、フランツブルグの手から剣を弾き飛ばした。


 白い刀身が宙を舞い、橋の下の闇に飲み込まれていく。


「死ね、気違い!」


 そう言って、サヘラベートは剣を大きく振った。


 その時だった。


 ラムールがフランツブルグを押しのけて、自らの身にその一撃を受けたのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る