宿怨の彼方に(中)

 朝一番の長距離バスに乗って、スラジはパナウティを後にする。カルキが独居老人であったことが幸いしたのか、カルキの死はまだ騒ぎにはなっていない。あと三人。スラジは古都バクタブルを目指す。

 二人目の標的の名前はアソック・マハルジャン。中国への留学経験もある微生物学者で、当時、王室ネパール軍には科学顧問として協力をしていた。スラジの村を不毛の大地に変え、地図から消し去る直接的な原因になった細菌兵器を開発した張本人でもある。現在はバクタブルで、料理店を営む娘夫婦と一緒に暮らしていると手紙には書いてあった。

 マハルジャンの細菌兵器によって妻のニーラムは死んだ。喉が焼け爛れ、声を発することもできなかった。ニーラムはスラジの腕に抱えられながら、自分の苦しみも、家族への愛も、何一つ言葉に遺すことはできずに粗い喘鳴だけを繰り返して逝ったのだ。

 当時は妻の死の理由が分からなかった。同じ症状の死は他の村民たちにも見られ、内戦による環境悪化が原因の疫病の蔓延とか神の祟りだとみんなが言っていた。だが今ならはっきりと理解できる。全てはマハルジャンという男がもたらした地獄だったのだ。

 そんなむごい死を妻に与えた男は、平穏に今も暮らしている。娘夫婦とともに健やかな人生を送っている。その事実が許せなかった。スラジはバスのなか、逸る憎悪で暴れ狂いそうになるのを必死に押さえ続けていた。

 バクタブルに着いたのはその日の夕方で、これまで村でしか生きたことのないスラジは都市の空気に圧倒されることになった。

 まず人の多さ。日が暮れるというのに道は往来する人々や車で溢れていて、中には大きなリュックを背負う外国人の姿もある。

 次に建物の大きさだ。パナウティも立派な建物が多かったが、バクタブルのそれはそもそものスケールが違うように見えた。

 手紙に記された住所と写真を頼りに街を歩く。バクタブルにはニャタポラ寺院という五層の屋根を特徴とした高さ三〇メートルのランドマークが存在する。手紙に記されているのは、そのニャタポラ寺院があるトウマディー広場にほど近い小さな料理店だった。

「いらっしゃい」

 扉を開けてなかへ入ると、明るく爽やかな声がスラジを出迎える。店の奥へ目を向ければ、鮮やかな青色のクルタ・スルワールを身にまとった女がこちらへ向かってきていた。スラジはその姿に、ニーラムのまぼろしを感じ取る。いや、実際に女は若いころのニーラムによく似ていた。笑顔をつくったときにできる目尻のしわも、すっと通った鼻筋も、ニーラムのものだった。

「お客さん?」

 女に心配そうな眼差しで覗き込まれ、スラジはふと我に返る。女はニーラムではない。この料理店を営む、マハルジャンの娘だった。

「すまない。貴女が、昔の知り合いに似ていたもので」

「よくいる普通の顔だから。空いてるところ座ってね」

 スラジはなるべく店内が見渡せる入口近くのテーブル席に腰を下ろす。店はそれなりに繁盛しているようで、席は半分くらい埋まっている。旦那は厨房なのだろう。店内をマハルジャンの娘が忙しなく動き回って料理を運んでいる。スラジはメニューを眺める。店での食事は初めてなので作法が分からなかったが、メニューを広げて固まっているところにマハルジャンの娘が声を掛けてくる。

「お客さん、決まった?」

 とりあえずダルバート。タルカリとチャイを頼む。注文を厨房に伝えにいこうとするする娘を、スラジは呼び止めた。

「アソックは元気か?」

 マハルジャンの娘は振り返り、スラジにニーラムそっくりの笑顔を向けた。

お父さんダディの知り合いだったの? お父さん《ダディ》、今は出かけてるけど、もうそろそろ帰ってくると思うよ」

 娘は厨房に向かい、店内に戻ってくるやまた忙しなく動き回る。やや待ってスラジの頼んだ料理が運ばれてきて、テーブルに並べられた。

 ひよこ豆のスープをごはんにかけ、付け合わせと混ぜていく。ダルバート・タルカリはネパールで最も一般的な家庭料理で、ニーラムもよく作ってくれた。スパイスの豊潤な香りが立ち込めて、スラジの脳裏には幸せだった日の記憶がよみがえる。気付けば涙が流れていて、掴んだ右手を口へ運ぶことができなかった。

「泣くほど上手いかね?」

 声がして顔を上げる。目の前には禿頭に黒帽子バドガウンレ・トピを被った痩せた老人が立っていて、その老人はスラジに断ることなく向かいの席に腰を下ろした。

「サリタの作るタルカリは美味いだろう。私も毎朝ここで食べている」

「とても美味しいです。初めて食べるのに、懐かしい味がします」

 スラジは平静を装って答える。内心は今すぐにでも老人に掴みかかりたかった。

 男こそアソック・マハルジャン。妻の仇その人である。

「ところでだ。サリタに言われたものの、私は君のことがさっぱり思い出せないのだが、一体どこで会ったかね」

 マハルジャンが首を傾げる。スラジはあらかじめ考えていた台詞を読み上げる。

「妻があなたと親しかったようで」

「ふむ。何という方だね」

「ニーラム。ニーラム・ラバンタリ」

「知らんね」

 マハルジャンは言って、席を立った。店の二階が住居になっているらしく、厨房横の階段を上がっていってしまう。

 涙はいつの間にか枯れていた。頭のなかでよみがえっていた幸せの記憶も遠退いて色褪せ、怒りと憎しみがスラジの全てを塗り潰していった。

 もちろんマハルジャンに、妻の何かを期待していたわけではない。彼の生み出した兵器がどれほどの凄惨さでどれほどの人間を殺したかなど知っているはずがないことくらい、スラジにだって分かる。だがそれでも許せなかった。まるで路傍のアリを踏み潰すようにして最愛の妻の命が奪われたという事実が、激しい怒りを呼び起こしていた。

 スラジはテーブルに料理の代金を置き、店を後にする。


 翌朝、スラジは店が開くよりもかなり早い時間から店の前の通りに座り込んでいた。まだ暗い店内の奥、厨房に明かりが灯り、マハルジャンの娘夫婦が仕込みを始める。

 朝陽が上り、停滞していた街の時間がゆっくりと流れ出す。スラジは動くことなく、じっと何かを待ち続ける。

 やがて二階からマハルジャンが降りてくる。昨日、彼が誇らしげに語っていたようにテーブルにはタルカリが並べられる。スラジは路傍で、湿った埃っぽい空気を吸い込んで、祈るように拳を握った。

 店のなかでは仲睦まじい家族の朝食が始まっている。マハルジャンは幸せそうに笑い、タルカリを頬張る。娘もその旦那も笑顔を溢し、まるでこの幸せが決して壊れることがないと信じている。彼らはみんな、その一口が地獄を誘うことを知る由もない。

 最初の異変は旦那に起きた。掴んでいたタルカリを落とし、苦しそうに項垂れる。手が震え、激しくその場に嘔吐した。

 次は娘だった。旦那の背をさすり、吐しゃ物を掃除しようと立ち上がる。しかしうまく息ができずに喘ぎ、よろめいた拍子に椅子もろとも床に倒れ込む。

 最後はマハルジャン。両手で喉を押さえ、空気を貪るように天を仰ぐ。椅子ごと倒れ、全身が雨後の太陽に晒されたミミズのように痙攣していた。

 スラジは立ち上がる。昨日の晩、厨房に忍び込んだときに開けておいた裏口に回って店へと入る。三人はスラジの侵入に気づくも喘いだり呻いたりするばかりで、助けの一つすら請うことができないようだった。

「儂は山岳地の農村の生まれで、村の近くにはシャクナゲが群生している一帯があった。だがそこに近づいてはいけなかった。綺麗なこの国の花なのに、不思議な話だろう。決して触るなとよく父に教え込まれたものだ。シャクナゲの葉には毒があるんだ」

 スラジは彼らを倒れ伏すマハルジャンたちを眺めながら、コンロに火を灯す。

「症状は痙攣に吐き気、呼吸困難。夜のうちに、青菜に混ぜておいたんだ。気付かれなくて安心したよ」

 スラジは手に持っていたシャクナゲに火を点ける。赤い花がぼうと燃え上がり、薄暗い店内で揺らめていた。

「なに、を……するん、ですかっ」

 息も絶え絶えにマハルジャンの娘が声を絞り出す。スラジはシャクナゲを傾け、順番にテーブルクロスに炎を移していった。

「君のお父さんダディに訊いてみるといい。もっとも、喋ることができればの話だがね」

 スラジはそう告げて、シャクナゲを放る。燃え上がるテーブルは黒煙を上げ、そう広くはない店内をあっという間に覆いつくしていった。

 炎が爆ぜる音に背を向けて、スラジは燃え上がる店を後にする。焼き尽くされていく三人には、断末魔を上げる権利すらふさわしくなかった。


   †


 その日のうちにバクタブルを出たスラジの次の目的地はパタン。首都であるカトマンズの南に隣接する古都で、旧王宮や寺院が並ぶダルバール広場をはじめとし、数多くの文化遺産に恵まれる大きな街だ。

 ここには三人目の標的であるデニス・ギミレが暮らしている。

 もし手紙に記されていた四人のうち、一番憎い人間を決めろと言われれば、たぶんスラジはこのギミレを選ぶだろう。

 当時単なる一兵卒だったギミレは虐殺の先頭を担っていた。銃殺、殴殺、銃殺。まだ若く、そして何より粗暴で凶悪だった男はスラジの目の前で娘サムジャナを犯した。仲間にスラジを抑えつけさせ、自らはサムジャナの服を裂き、殴りつけ、泣き叫ぶ彼女を何度も何度も犯し、挙句銃弾を眉間に見舞って殺したのだ。

 血。汗。悲鳴。殴打。精液。喘ぎ声。笑い声。殴打。あのときのことを思い出しただけで、スラジの全身は震えだす。もちろん憤怒と憎悪による震えだ。人間が同じ人間に対してどこまでも残酷になれることを、目の前で思い知らされたのだから。

 スラジは悪夢に駆られて目を覚ます。全身が汗に濡れ、無意識のうちに力が入っていた四肢は痺れたように重い。悪路を走るバスは、下から突き上げるような不愉快な震動をスラジの尻に伝えていた。

 どれくらい寝ていたのかは分からないが、バスは目的のパタン市内を既に走っているらしい。窓から見える景色は都市のそれに変わっていた。

 スラジはポケットから手紙と写真を取り出す。あまり考えないようにはしていたが、差出人についての疑問がふと頭をもたげてくる。生き残って村を出た僅かな村民か、あるいは内戦によって同じような悲劇を味わった誰かだろうか。だとすれば、一体どうして今になって、それもスラジのような死にかけの老人に手紙を寄越したのだろう。

 一度考えだすと次から次へと疑問が溢れた。だが間もなくバスが停車して、スラジの意識は折り返した復讐へと傾けられていく。


 パタンは大小合わせて二〇〇以上の寺院が存在し、ネワール族の土着信仰と仏教、ヒンズー教が混在し調和する街の様子は独特の空気を持っている。仏画タンカや織物などの伝統工芸も盛んで、ただ歩いているだけで精進する画師や織工の姿を見ることができた。

 ギミレはネパール中央動物園から北に数キロ離れた市街地に住んでいる。途中、動物園帰りの親子とすれ違ったスラジは農村という狭い世界で住み続けていた自分をほんの少し後悔した。

 動物園だけではない。天に突き刺さるように大きな仏塔。溢れんばかりの人が行き交う市場。カラフルで鮮やかな織物に、精緻に彫り込まれた壁の彫刻。

 村を出てからこれまで、目に見えるもの全てが新鮮で、鮮烈で、美しかった。だからこそスラジは悔やんだ。ニーラムやサムジャナたちをもっと色々なところに連れて行ってやればよかった。もっと色々な景色を見せて、世界とはこんなにも美しいものだと教えてやればよかった。だけどもう全ては叶わない。それがどうしようもなく虚しかった。

 到着したギミレの家には誰もおらず、スラジはしばらくのあいだ、向かいのカフェでチャーを飲みながら、ギミレの帰りを待つことになった。皮一枚内側で燃える憎悪は行き場がないまま燃え続け、本来なら病でもう動けないであろうスラジの身体に燃料をくべ続けている。やがて二杯目のチャーを飲み終えたころ、ギミレはようやく帰ってくる。だがスラジは驚きのあまりすぐに動くことはできず、ポケットから取り出したくしゃくしゃの手紙を開く。スラジの視線は手紙の文字と家に入っていくギミレたちのあいだを、何度も何度も往復していた。

 デニス・ギミレは妻に先立たれて一人暮らしをしていると、手紙には書いてある。しかしたったいま家に入っていったのはギミレ本人を除いてもう三人。若い男女とその子供らしい娘が一人、ギミレとともに家に入っていったのだ。

 スラジはほんの一瞬、自分の内側で燃え滾る黒い炎が頼りなく揺らぐのを感じた。いや、本当はマハルジャンを殺したときからそれに気づいていたが、知らないふりをしようとしていたのだ。

 スラジの家族を殺し、村を壊しつくしたのはギミレたちであって、スラジの憎しみにはその子供も孫も関係がない。彼らは内戦のない平和な国を生き、平穏な日々を送っている。それを一方的な、しかもお門違いの憎しみによって奪い去ることにどんな大義名分があるというのだろう。これではかつてギミレやマハルジャンやカルキがスラジとスラジの村にした所業と同じではないだろうか。

 自分が今立っている足場が、わずかな命を先へとつなぐための邪悪な力が、唐突に脆く罅割れていった。腹の底で押さえつけていた困惑が、恐怖が、後悔がせり上がる。それらは胃を焼き、喉を裂いて、スラジの口から溢れ出す。

 派手な吐血にカフェの客が悲鳴を上げた。店員が慌てて近寄ってきて、スラジに何かを話しかけている。

 死期は目前だった。この命はもう、いつ終わってもおかしくないのだ。

 進むしかない。復讐だけがスラジに残された全てなのだ。今更きれいごとを並べたところで意味はない。もし彼らが邪魔をするというのならば、殺すしかないのだ。

 スラジはシャツの袖で乱暴に口元を拭う。止める店員の腕を振り払い、幽鬼じみた不安定な足取りでカフェを後にする。


 スラジは夜更けを待って、ギミレの家を訪ねる。村とは違い、パタンの街は夜でもそれなりにぽつぽつと明かりが灯っている。街灯が夜道を照らし、繁華街のナイトスポットの看板はネオンのけばけばしい光を煌々と放ち続けている。ギミレの家の窓からも、カーテン越しの温かな光がこぼれていた。

 扉を叩く。スラジは一歩下がって猟銃を握り、ギミレ本人が出てくることを祈った。

 しかし開かれた扉の向こうに立っていたのは若い男。スラジは運命のいたずらに失望しながら、猟銃を構える。爆発じみた轟音。男は胸を撃たれて吹き飛び、千切れそうな腕をあり得ない方向へと曲げながら床で絶命する。

 スラジは男の死体を跨いで部屋へと上がり込んだ。団欒していたリビングから、不用心に女が顔を出す。スラジは反射的に引き金を引き、散弾がばら撒かれる。大半の弾は壁を穿ったが、狭い室内だったのが功を奏したのか女の左半身はずたずたに引き裂かれ、泣き叫びながらスラジに背を向ける。

 きっと村人たちもこうだったのだろう。決して逃げられないというのに、必死になって逃げ惑ったはずだ。スラジは自分の手が血で真っ赤に染まっていくのを感じながら、複雑な感情すべてを復讐心でねじ伏せていく。

 女の後頭部に猟銃を叩きつける。何度も何度も叩きつけ、髪を留めていたかんざしがほどけ、長い髪が散らばった。砕けた頭蓋骨は脳みそのなかに沈み、とっくに息絶えた女の手足はびくびくと痙攣していた。

 上がった息を整えようとしたスラジの頭に強い衝撃が走る。仰け反って床に倒れたスラジが見上げれば、麺棒を握り締めたギミレが立っていた。

「ああ、なんてことを。シャルミラ、ゴビン。あああ……」

 揺れる脳を支えるように頭を押さえてスラジは立ち上がった。額からは血が流れていた。

「貴様……貴様……っ」

 ギミレが憎悪に満ちた目を向ける。それはまさしく鏡に映った自分のようで、スラジは三度目の引き金を引く。

 しかし弾は出なかった。ギミレがほくそ笑んだ。

「弾は二発。自分で込めておきながらそんなことを知らないとは、とんだ間抜けな奴だ」

 ギミレが麺棒を振るう。先端がこめかみを抉っていき、スラジはよろめく。床にばら撒かれた血に足を取られて転倒し、尻もちを突いたところをすかさずギミレが馬乗りになった。

「俺の、娘になんてことをした!」

 麺棒が叩きつけられ、鼻腔に血が溢れ出す。抵抗しようにもギミレの殴打は止まず、スラジは腕で頭を守るのが精いっぱいだった。

おじいちゃんばじぇ?」

 どこからか、天使のように柔らかな女の子の声がした。殴打がぴたりと止んだ。

「ナニ……」

 ギミレの視線を追うと、孫娘らしき少女がいた。銃声で起こされたのだろう。まだ半分寝ぼけているのか、右腕では抱えたウサギの人形をしっかりと抱いて、反対の手で眠い目を擦っていた。

 だが何であれ、これはギミレに生まれた大きな隙で、スラジには千載一遇のチャンスだった。スラジは手を伸ばす。床を転がっていたかんざしを掴み、そのままギミレの喉に拳を叩きつける。力いっぱい握り込んだ拳に、皮膚が裂け肉を貫く嫌な感触がしみ込んだ。

「っ、かっ、ん、がっ」

 スラジはかんざしを引き抜いた。ギミレはぐらりと揺れて床に沈んだ。奇跡的に首の重要な血管を傷つけていたらしく、ギミレの首から噴き出した赤い血が放物線を描きながら床に流れていった。スラジは身体を起こし、力が入り続けて固まった拳を、もう片方の手でゆっくりとほどいていった。その様子を、孫娘はじっと見つめていた。

 スラジは取り落としていた猟銃を拾い上げる。殺すしかない。見られている。それに親も祖父も目の前で殺されて、自分だけが生き永らえる不幸を思えば、彼女もここで殺しておくのが優しさなのだ。スラジは心のなかで自分にそう言い聞かせた。

 猟銃を振り上げる。少女を見下ろすスラジの視線に、見上げた少女の視線が重なった。

おじいさんぶば、あたまいたいいたい」

 手から猟銃が落ちる。力の抜けた膝は折れて床につき、どこからともなく涙が溢れた。

 今はまだ少女には分からない。親が殺されたことも祖父が殺されたことも。その最低な現実を理解するには、彼女はあまりに幼すぎたのだ。

 スラジは泣いた。それは少女を憐れむ涙かもしれないし、自分がしたことを悔いる涙かもしれなかったが、本当のところはスラジにも分からなかった。ただ頭に触れる小さな手のぬくもりだけが、今ここで確かなものだった。

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