第97話 亜種

「喰らえっ!!」

「ギャウッ!?」

『うわぁっ!?』



コウが右拳を叩きつけた瞬間、コボルトの身体が爆炎に包み込まれた。それを見ていた商団の人間は驚愕と悲鳴が入り混じった声を上げ、離れていた所で見ていたスラミンも岩陰に身を隠す。


衝撃と爆炎を同時に受けたコボルトは吹き飛び、川原に転がり込む。それを確認したコウは手応えはあったので確実にコボルトを仕留めたと思ったが、油断せずにコボルトの元へ向かって確認を行う。



(……死んでるな)



赤毛熊との戦闘ではコウが止めを刺しきれていなかったせいで窮地に陥り、危うく死にかけた。そのためにコウは今後の魔物との戦闘では確実に相手を仕留めたか確認する事を決め、コボルトが死んでいる事を確かめると商団の人間に振り返る。



「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

「は、ははっ……あんた、もしかして魔術師か?」

「うちが雇った傭兵じゃなかったんだな……」

「助かったよ……ありがとう」



コウが話しかけると商団の人間は唖然とした表情を浮かべながらも彼に礼を告げた――






――商団の人間が落ち着くまで待つと、コウは彼等から事情を聴く。その結果、彼等はサンノで商業を営む商人だと発覚した。彼等はコウがラナ達が暮らしていた森に訪れる前に訪ねていた「ニノ」という街に向かう途中でコボルトに襲われたと話す。


元々は彼等は商売のためにニノへ向けて荷物を運んでいたそうなのだが、その途中でコボルトに襲われてしまい、一度は何とか逃げ切ったのだが岸辺で休んでいる時に再び襲撃を受けたという。



「最初に襲われたのは草原だったんだ。その時は馬車一台が犠牲になったが、どうにかここまで逃げる事はできたんだ……けど、夜になった途端にまたあいつが現れて襲われたんだ」

「まさかこんな場所で魔物に襲われるなんて思わなかった。一応は護衛として傭兵も雇っていたんだが、見ての有様さ。たくっ、こっちは高い金を払ったのに情けねえ……」

「おい、言っておくが俺達は冒険者じゃないんだ!!盗賊ならともかく、魔物と戦うなんて聞いてないぞ!!」



倒れていた傭兵の中でまだ生きていた物は治療が施され、どうに一命はとりとめた。護衛を勤めていた傭兵はコボルトに殆ど蹴散らされたらしく、生き残った傭兵は文句を告げる商人に言い返す。



「俺達の仕事は人間の悪党から守る事だ!!魔物から守ってほしいなら冒険者を雇え!!俺達は奴等のような魔物の退治屋じゃないんだ!!」

「だけどいくら魔物といっても相手は1匹だけだったんだぞ。これだけの人数がいて勝てないなんて……」

「おい、あれがただの魔物だと思ってるのか!?奴の毛皮の色を見ろ!!あいつは普通のコボルトじゃない、きっと亜種だ!!」

「亜種?」



商人の言葉に傭兵の一人がコウが倒したコボルトの死骸を指差し、毛皮の色を指摘した。その事に関してはコウも気にかかっており、少なくとも彼が修行場所として利用していた魔の山では黒色の毛皮のコボルトなど見た事もなかった。



「お前等だって聞いた事があるだろう!!魔物の中には環境の変化によって特殊な能力が芽生える魔物が現れる事を!!そいつらは亜種と呼ばれ、通常種の魔物よりも厄介な存在だ!!」

「亜種?」

「そうだ!!亜種の魔物は通常種の魔物とは比べ物にならない力を持っている!!ただのコボルト如きなら俺達がここまでやられるはずがないんだ……くそったれが!!」

「ま、まあまあ……落ち着いてくれよ。俺達も少し言い過ぎた」



悔し紛れに傭兵は足元の石を蹴飛ばし、それを見た商人の一人が落ち着かせる。コウは亜種という言葉を聞き、魔物の中には環境の変化で特殊な進化をする個体を亜種と呼ぶ事を初めて知る。



(確かにあのコボルト、普通じゃなかったな……)



コウは闘拳を装着した左腕に視線を向け、未だに腕が少し痺れていた。もしも闘拳を装着していなければ今頃はコウの左腕は切り裂かれていたかもしれない。


亜種の魔物の恐ろしさを痛感したコウは、これからの旅路でもしも自分が知っている魔物とは色違いの個体が現れた場合、警戒心を強める事にした。色違いの魔物は亜種である可能性が高く、コウは倒したコボルトの死骸に視線を向けた。



(こいつ、首輪をしてるな……と言う事は誰かに捕まっていたのか?でも、誰がこんな危険な魔物を……)



コボルトの首元に鎖が装着された首輪を嵌めている事がコウは気にかかり、何者かがコボルトの亜種を拘束していたのは間違いない。しかし、何らかの理由でコボルト亜種は捕まっていた人間の元から逃げ出し、そして草原で商団を襲った。


誰が何の目的でコボルト亜種を拘束していたのかは不明だが、どんな理由があろうと魔物を捕まえるなど正気の沙汰ではない。コウは嫌な予感を抱きつつも商団の人間と共に一晩過ごした。

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