第96話 漆黒の獣

コボルトは野生の狼よりも動きが素早く、その爪と牙は鋭利に研ぎ澄まされた刃物の如き切れ味を誇る。実を言えばコウはコボルトと何度か戦った事があるが、ゴブリンよりも厄介な相手で戦うのは苦手としていた。


本物の狼並の嗅覚を持つコボルトは臭いで敵の位置を察知するため、一度でもコボルトに見つかれば振り切る事はできない。何処に隠れても臭いを辿って執拗に追いかけてくるため、遭遇した場合は戦闘は避けられない。


生身で戦うコウにとっては鋭い牙と爪を持つコボルトとの相性は悪く、戦闘では常に相手の動きを警戒しなければならず、一瞬でも油断すれば身体が切りつけられて重傷を負う。何度か負傷して危うい場面もあったが、全回復の泉のお陰で怪我は治療できた。



(どうしてここにコボルトがいるんだ!?ここは危険区域じゃないはずだぞ!!)



コウは商団の馬車の上に立つ黒い毛皮のコボルトを見て動揺を隠せず、彼の現在地はサンノの付近である。サンノの周辺地域は危険区域は存在しないと前に訪れた街で出会った旅の商人に聞いていたが、商団の人間はコボルトに襲われている。



(こいつ……首輪をしているな。それに毛皮の色も変だ、確かこいつらは灰色の毛皮だったはず)



魔の山に生息していたコボルトは全身が灰色の毛皮で覆われていたが、商団を襲撃したコボルトは全身が黒色の毛皮で覆われていた。しかも首元には首輪が嵌められており、力ずくで引きちぎった鎖のような物も首輪に取り付けられていた。



(なんだかこいつ、やばい雰囲気がする……)



黒色の毛皮のコボルトを見てコウは冷や汗を流し、赤毛熊と遭遇した時のように全身が震え出す。コボルトは厄介な相手ではあるが今のコウにとっては強敵と呼べる程の存在ではない。実際に魔の山のコボルトと戦った時もコウは怪我を負っても遭遇した個体は全て倒してきた。


得体のしれない相手とはいえ、敵の数は1体だけで他に仲間の姿は見えない。コウは商団の人間を見捨てるわけにはいかず、仕方がなく戦う準備を行う。



(こいつの注意を引かないと……!!)



コウは商団の馬車の上に立ったまま見下ろしてくるコボルトに目掛け、手元に意識を集中させて火球を作り出す。そして投石の技術を生かしてコボルトに投げ放つ。



火球ファイアボール!!」

「ッ……!?」



手元に火球を生み出したコウは全力投球でコボルトに火球を放つと、それに対してコボルトは頭を反らして火球を躱す。並のコボルトならばコウの放った火球に反応できずに顔面を焼かれていたが、黒色の毛皮のコボルトは彼の攻撃を最小限の動きで躱す。



(避けた!?くそ、思った以上に素早いな!!)



これまでコウは投石(投げたのは石ではないが)を外した事はないが、コボルトに避けられたのを見て警戒心を高めて身構える。一方でコボルトの方はコウに狙いを定めたのか、馬車の上から跳躍すると頭上から襲い掛かる。



「ガアアアッ!!」

「うわっ!?」



コボルトが上空から振り下ろしてきた爪に対して咄嗟にコウは左腕の闘拳で防ぐと、金属音が鳴り響く。闘拳はコボルトの刃物の如き切れ味を誇る爪を弾き返し、その代わりにコウは左腕が痺れてしまう。



(痛っ……闘拳を装備してなかったら今のは危なかった)



闘拳越しで防いだお陰で致命傷は避けられたが、もしも闘拳を左腕に装着していなければ今の攻撃でコウの左腕は切り裂かれていた可能性があった。コウの襲ったコボルトは彼が戦ったてきた魔の山のコボルトよりも爪が長くて力も強い。


左腕が痺れてしまったが攻撃を防ぐ事に成功したコウはコボルトに視線を向けると、相手は地面に着地した。その隙を逃さずにコウは右拳を握りしめて繰り出す。



「喰らえっ!!」

「ガアッ!?」



コウが拳を繰り出そうとした瞬間、コボルトは危険を察知したかのように横に跳んで彼の攻撃を躱す。コウの繰り出した拳はコボルトの後方に存在した岩に当たり、衝突した瞬間に砕け散る。



「うわっ!?」

「な、何だっ!?誰だあいつ!?」

「い、岩を砕いたぞ!?」

「いててっ……くそっ、踏み込みが足りなかったか」



岩を素手で粉々に砕いたコウに商団の人間は驚愕し、一方で拳を痛めたコウは眉をしかめる。コボルトは岩を砕いた彼の拳を見て警戒心を抱き、もしも避けていなかったら無事では済まなかった。


砕いた岩からコウは離れようとした時、不意に彼はある事を思いついて砕いた岩の破片を掴む。先ほどは避けられたが今度は複数の破片を手にした状態で振りかざす。



「これは避けられないだろ!!」

「ガウッ!?」



コボルトに目掛けて掌で掴んだ岩の破片を投げつけると、咄嗟にコボルトは回避しようとしたが先ほどよりも距離が縮まり、しかも複数の破片を投げつけられたせいで完全には避け切れずにコボルトは破片を浴びてしまう。


破片を浴びて怯んだコボルトに目掛けてコウはもう一度踏み込み、確実に勝負を決めるために彼は右手に火球を生成した状態で右拳を繰り出し、最速の動作で爆拳を放つ。

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