第98話 サンノへ向けて
「――兄ちゃん、そろそろ起きな。もうすぐ出発するぞ」
「うっ……ネココ?」
「ん?誰だそれ?」
コウは「兄ちゃん」という言葉を聞いて慌てて起きるが、彼を起こしたのは商団の人間だった。すぐにコウはネココがこんな場所にいるはずない事に気付き、少し残念に思う。
(ネココなわけないよな……)
商団の人間からもうすぐ出発する事を聞かされたコウは眠気覚ましに川で顔を洗うと、不意に鞄の中に隠したスラミンの様子を伺う。
「スラミン、起きてるか?」
「ZZZ」
「うわ、お前寝ている時はそんな声を出すのか」
鞄の中のスラミンは鼻提灯を作りながら眠りこけており、もうしばらくの間は眠らせておく事にした。コウは水筒に水を入れ、スラミンが目覚めた時にお腹が空かないように鞄の中に入れておく。
用意を済ませるとコウは商団の馬車に乗り込み、共にサンノまで向かう。馬車ならばサンノまでは一時間で辿り着けるらしく、もう少しでサンノに辿り着ける事にコウは期待する。
「サンノはどういう街なんですか?」
「何だ兄ちゃん、サンノは初めてだったのか?良い街だぜ、きっと兄ちゃんも気に入るよ」
「へえっ……」
久々の街なのでコウは早く馬車がサンノに到着する事を祈るが、ここで馬車に乗った人間が困った表情を浮かべる。それは馬車の一台が車輪部分が壊れており、動ける状態ではなかった。
「あちゃ~……こいつは駄目だな。車輪その物を取り換えないと動かせないぞ」
「おいおい、どうするんだ」
「予備の車輪はあるから入れ替えるだけだが……」
「あ、それなら俺が手伝いますよ」
馬車の前に集まった人間達に対してコウは声をかけると、彼は片方の壊れた馬車の元に近付き、馬車を掴んで力ずくで持ち上げる。
「よっこいしょ」
『ええっ!?』
片方の車輪が壊れて傾いていた馬車をコウは力尽くで持ち上げると、車輪を交換する間は自分が馬車を支える事を伝えた。
「今のうちに車輪を交換して下さい。流石にきついので……」
「あ、ああ……」
「す、凄いな君……本当に人間か?実は巨人族かドワーフだったりしないのか?」
「すぐに取り換えてやるからもうしばらく頑張ってくれ!!」
大慌てて商団の人間は壊れた車輪の取り換えを行い、その間はコウは馬車を支え続けた。心なしか旅に出る前からコウは自分の腕力が上がっているような気がした。
(気のせいかな……前よりも力が付いた気がする)
旅に出てからも鍛錬は怠ってはいないが、それを踏まえた上でもコウは自分の身体能力が高まっているような気がした――
――馬車の修理を終えると商団は遂にサンノに向けて出発し、ようやくコウも馬車に乗って楽をする事ができた。これまでは金の問題でずっと歩きっぱなしだったが、やはり長旅をするのであれば馬や馬車の類も用意する必要があった。
(やっぱり乗り物があると便利だな。サンノの街に辿り着いたら金を稼いで馬でも買おうかな……ん?)
サンノに辿り着いた後の事を考えていると、不意にコウは馬車の後方の方角から何かが近付いてくるのを確認した。小さい頃からコウは視力が優れており、すぐに彼は馬車の後を追いかける存在の正体に気付く。
「何だあれ!?」
「うおっ!?急にどうした兄ちゃん!?」
「あれを見て下さい!!」
一緒に馬車に同乗していた人間達は驚いた表情を浮かべ、コウに振り返ると彼は馬車の後方を指差す。商団の人間は彼の指差す方向に視線を向け、何かが馬車を追いかけている事に気付く。
「何だありゃ?」
「馬か?いや、それにしては小さいような……」
「違う、あれは魔物ですよ!!」
「ま、魔物ぉっ!?」
コウの言葉に商団の人間達は驚きの声を上げ、彼等の一人が双眼鏡を取り出して確認を行う。まだ大分距離はあるが、コウ達の乗っている馬車を追いかけているのは二種類の魔物だと判明する。
馬車を追いかける魔物の正体はファングであり、狼型の魔獣であるファングならば馬よりも早く移動できるため、徐々に馬車との距離が詰められていく。しかもファングの背中には武器を手にしたゴブリンが乗り込んでいた。
――ギィイイイッ!!
――ガアアッ!!
ファングに乗り込んだゴブリンの集団が商団の馬車を追跡し、少しずつではあるが距離を詰めていく。それに気づいた商団の人間達は
「お、おい!!もっと早く走れよ!!」
「む、無茶を言うな!!これだけの荷物と人数が乗ってるんだぞ!!」
「それを何とかしろよ!!このままだと追いつかれるぞ!?」
「おい、傭兵さん!!あんたらでどうにかしてくれよ!!」
「だ、だから言ってんだろうが!!俺達は人間相手ならともかく、魔物となんて戦えねえよ!!そういうのは冒険者の役割だ!!」
「何だよそれ!!こんな時に役に立たなくて何が護衛だ!?」
「落ち着いて!!喧嘩している場合じゃないだろ!?」
騒ぎ出す商団の人間と傭兵達に対してコウは一喝すると、彼は冷静に魔物との距離を確認し、双眼鏡を持っている男に手を伸ばす。
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