第79話 力尽くでも……

「黙れ!!この役立たずが!!」

「ぐはぁっ!?」



男から回収した剣をヒヒは振りかざし、容赦なく男の身体を切り付ける。血飛沫を舞い上げながら男は倒れると、それを見ていたコウ達はヒヒの凶行に動揺する。



「なっ!?」

「ぷるんっ!?」

「そんなっ!?」

「きゃああっ!?」

「ヒヒ!!貴方、何て事を……!?」

「うるさい!!」



リナとルナは悲鳴を上げ、ラナはヒヒの行動に信じられない表情を浮かべるが、当のヒヒは興奮した様子で怒鳴りつける。コウはこれ以上に見ていられず、小袋から銅貨を取り出して指弾を繰り出そうとした。



「止めろっ!!」

「ぐあっ!?」



銅貨を取り出したコウはヒヒに目掛けて指弾を放つと、剣の刃に銅貨が的中して衝撃を受けたヒヒは剣を落としてしまう。今のうちにヒヒを取り押さえようとコウは駆け出すが、それを見たラナは慌てて彼に声をかける。



「駄目よ、コウ君!!その子に近付いたら駄目!!」

「えっ……!?」

「このっ……下等種族がぁっ!!」



ラナの言葉を聞いてコウは足を止めると、ヒヒは怒り狂った様子で右手を向けた。この時にコウはヒヒの右手に自分と同じようにが刻まれている事に気付く。


ヒヒの右手に浮かんだ魔術痕を見てコウはある事を思い出す。エルフであるリンやハルナは精霊魔法と呼ばれるエルフと人魚族などの種族しか扱えない魔法を利用し、魔法腕輪などの魔道具の媒介無しで魔法を生み出す事ができる事を彼女達から教わった。



(まさかダークエルフも精霊魔法が使えるのか!?)



ダークエルフもエルフと同様に精霊魔法が使えるらしく、ヒヒは近づいて来たコウに対して右手を構えると魔術痕が赤く光り輝く。それを見たコウは咄嗟に両手で顔を覆うが、それを見たヒヒは怒りのままに魔法を放つ。



「死ねぇっ!!」

「うわぁあああっ!?」



ヒヒの右手から炎が生成され、火炎放射の如くコウを吹き飛ばす。火達磨と化したコウは地面に転がり込み、それを見た他の者は悲鳴を上げた。



「な、何て事を……!!」

「コ、コウ君!?」

「そんなぁっ!?」

「ぷるる~んっ!?」

「はあっ、はあっ……い、いい気味だ!!」



炎が全身に燃え広がったコウを見てリナとルルはその場にへたり込み、ラナでさえも口元を抑えて動けなかった。スラミンだけはルルの元を離れてコウの元に向かうが、それを見たヒヒは勝ち誇った表情を浮かべる。



「ふん、人間如きが調子に乗るからこうなるのだ……姉上!!もう我儘は許しませんよ、私に一緒に来てもらいます!!」

「ヒヒ!!貴女、何て事を……!!」

「おっと、私を殺すつもりですか?そんな事をすれば貴方も娘達も我が部族に一生追いかけられますよ!!」

「くっ!?」



ラナは弓矢をヒヒに構えるが、彼の言葉を聞いて腕が震えてしまう。ラナの夫はダークエルフが差し向けた刺客に殺された事を思い出し、もしもヒヒの話が事実だとしたら彼女がここでヒヒを殺したら後々に不味い事になる。


仮にもダークエルフの族長の跡継ぎを殺せば当然だが他のダークエルフが黙っているはずがなく、夫のように今度はラナと娘達が危険に晒される。ラナだけならば死の覚悟はできるが、何の罪もない娘達が命を狙われる事は流石に避けたい。



「姉上、私に従えば悪いようにはしません。そこの二人の娘にも手荒な真似はしませんよ……その代わり、貴女は一生俺の物になってもらいますが」

「ヒヒ……貴方、変わってしまったのね」

「私を変えたのは兄と貴女です……さあ、我が手を取って下さい」



ヒヒは悪びれもせずにラナに手を伸ばし、それに対してラナは歯を食いしばる。ここでヒヒに手を出したら娘達の命が危険に晒され、仮にこの場を逃げたとしてもダークエルフから一生逃げ続けられる自信はラナにはない。



(あの人がいればこんな事にならなかったのに……)



もしも夫が生きていれば必ずや自分と娘達を守ってくれただろうと考えながらも、ラナはヒヒの伸ばした手を見て自分の手を見る。この手を掴めばヒヒは約束通りに自分と娘の命だけは助けてくれるかもしれない。しかし、その後の人生は彼の奴隷として生きていく羽目になる。



(せめて娘達だけでも逃がせれば……)



自分を犠牲にしてラナは娘達だけでも自由にさせたいと思った時、火達磨と化して倒れていたコウの身体から炎が消え去る。魔法で生み出された現象は長続きせず、彼の身体から火が消えた途端に間の抜けた声が響く。



「あちちちっ!?水、水!!」

「ぷるんっ!?」

「えっ!?」

「コ、コウ君!?生きてるの!?」

「まさか!?」

「ば、馬鹿なっ!?」



火達磨と化して死んでいたと思われたコウが起き上がると、彼はその場を転げ回って身体の熱を冷まそうとした。コウが生きていた事に誰もが驚き、即座にスラミンは体内の水を放出して彼の身体を冷やす。



「ぷるしゃああっ!!」

「うわっ……ふうっ、助かった」



スラミンが口内から放った水を浴びるとコウは落ち着きを取り戻し、彼は何事もなかったように立ち上がった。そんなコウを見てヒヒは信じられない表情を浮かべて顔色を青くする。

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