第78話 次期族長

「ヒヒ君、今の言葉は聞き捨てならないわよ……まさか、この森に侵入してきた盗賊達は貴方がけしかけたというの?」

「ご、誤解です!!姉上、そんな下賤な人間の言葉など信用してはいけません!!」

「下賤とは何よ!!コウ君は私とルルの命の恩人よ!!」

「そうだそうだ!!コウ君を馬鹿にしないでよ!!」

「だ、黙れ!!」



ラナがヒヒを問い質すとあからさまに慌てふためき、リナとルルが口を挟むと態度を一変させて怒鳴りつける。そんな彼を見てラナは弓矢を構え、先ほどの言葉の真意を問い質す。



「答えなさい!!私の娘を攫おうとした盗賊は貴方が送り込んだというの!?」

「お、お待ちください姉上!!これには理由が……」

「やっぱり、貴方の仕業だったのね!!この卑怯者!!」

「ヒヒ様、御下がりください!!」



ヒヒを庇うように付き添いの男が立つと、それを見たラナは目つきを鋭くさせて彼女はゴブリンの群れを蹴散らした時のように風の魔力を矢の先端に纏わせる。それを見たヒヒは驚いた表情を浮かべ、慌ててラナを止めようとした。



「姉上!!私は貴女の義弟なのですよ!?それなのに殺すつもりですか!?」

「例え貴方が夫の弟であろうと、私の大切な娘に手を出すような輩は許さない!!」

「くっ……このエルフが!!」

「止めろっ!!」



これまでは話し合いで済ませようとしていたラナだったが、ヒヒが自分の娘を攫おうとした盗賊をけしかけた張本人だと知って怒りのままに矢を放とうとした。それを見たダークエルフの男も剣を抜くが、それを見たコウは咄嗟に腰に装着した小袋から銅貨を取り出して指弾を放つ。


コウが親指に銅貨を構えると、男が剣を握りしめた右手に放つ。親指で弾かれた銅貨はまるで弾丸の如く男の右手の甲に衝突し、悲鳴を上げて男は膝をつく。



「ぐああっ!?」

「なっ!?お、おい!!何をしている!?」

「コウ君……!?」

「……弓を下ろしてください。その位置から撃つとリナとルルも巻き込みますよ」



ラナに大してコウは弓を下ろすように促し、彼女はコウの言葉を聞いて危うく自分の大切な娘を危険に晒そうとしていた事に気付き、仕方なく弓を下ろす。



「ヒヒ君……その男を連れて帰りなさい。もう二度と貴方の顔など見たくないわ」

「姉上、待ってください!!私は本当に貴女の事を……」

「いいから出て行きなさい!!」

「ぐぅっ……ちょ、調子に乗るな!!」



怒鳴りつけられたヒヒは男が落とした剣を拾い上げ、それをラナに向けた。ヒヒの行動にコウは驚くが、ヒヒは本性を露わにして怒鳴りつける。



「姉上……いや、ラナ!!お前はこの俺の物になるのだ!!いつまで死んだ男に拘っている!?」

「何て事を……私の夫はは貴方の兄なのよ!?それをそんな風に言うなんて……」

「ふん!!掟を破り、次期族長の座を捨てて逃げた男など我が兄ではない!!」

「族長……!?」



コウは族長という言葉を聞いて前に出会ったハルナとリンという名前のエルフを思い出す。彼女達に聞いた話だとかつてはエルフだけが暮らす国が存在した。しかし、大災害によって国は崩壊して生き残ったエルフたちは世界各地に散らばり、それぞれの部族を形成した。


どうやらダークエルフも世界中に散らばったエルフの部族の一つらしく、ラナの夫は元々はダークエルフの族長になるはずだったらしい。しかし、エルフであるラナと結ばれるために里を抜け出した彼を実の弟のヒヒは嫌っていた。



「あの愚か者のせいで我が父は信用を失い、危うく族長の座を降ろされる所だった!!よりにもよって跡継ぎの長兄が女と逃げ出してしまったからな!!しかし、そのお陰で次男の私が跡継ぎに決まった事だけは感謝しているがな……」

「貴方が次の族長……!?」

「父は病に伏してもう先は長くない。近い将来、この私がダークエルフを率いる事になるでしょう。だからこそ私は貴女を側室に迎え、娘達は私に忠誠を捧げる者達と結婚させましょう」

「ふ、ふざけないでよ!!私達を政略結婚に利用するつもり!?」

「そんなのやだ!!」

「ぷるるんっ!!」



ヒヒの話を聞いてリナもルルも憤慨し、話を聞いていたコウとスラミンも怒りを抱く。先ほどまではヒヒはラナの事を慕っているように語っていたが、実際の所は自分の欲望のために彼女達を利用しようとしているに過ぎない。



「……それが貴方の本性なのね、ヒヒ君」

「姉上、貴方の事を愛しているという言葉は嘘ではありません。貴方を一目見た時から私の心の中に常に貴方が居た……しかし、よりにもよって貴方は兄を選んだ!!それが我慢できない!!」

「ヒヒ様、もうよろしいでしょう……薄汚いエルフを迎え入れるなどあってはならない事です」



ヒヒの付き添いの男はどうやらエルフの事を見下しているらしく、怪我をしていない方の左手でヒヒの肩を掴んで彼を説得しようとした。しかし、そんな男に対してヒヒは血走った目を向けた。

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