第61話 旅立ちの時
――数か月後、コウは15才の誕生日を迎える前日、彼は魔の山に赴いていた。彼は自分の背丈を越える岩を前にして拳を握りしめ、目を閉じたまま動かなかった。
「はあっ――!!」
目を開いた瞬間、コウは岩に目掛けて拳を撃ち抜く。彼の拳が衝突した瞬間、轟音が山の中に鳴り響く。拳が当たった箇所から亀裂が広がり、やがて粉々に岩は砕け散った。
粉々に砕けた岩を確認したコウは右拳に視線を向け、掠り傷すら負っていない事を確認すると満足そうに頷く。毎日欠かさず岩石を殴り続けてきた結果、遂にコウの拳は巨岩をも打ち砕く破壊力を手にする。
「よしっ……十分だな」
岩を破壊した事で満足したコウはその場を立ち去ろうとしたが、轟音を聞きつけてきたのか木々を潜り抜けて巨大な猪が姿を現わす。
「フゴォッ……!!」
「お前か……そういえばお前との決着はまだだったな」
姿を現わしたのはかつてコウを追い掛け回したボアだった。何度も自分の命を危険に晒された凶悪な魔獣だが、何故だか前と比べてコウはボアが小さく見えた。
「来いよ、前の俺とは違うぞ」
「プギィイイイッ!!」
コウはボアに対して手招きを行うと、ボアは挑発と判断してコウに目掛けて突っ込む。ボアの突進は巨木をも粉砕する威力を誇るが、それに対してコウは逃げずに両手でボアの牙を掴む。
「うおおおおっ!!」
「フガァッ!?」
三年前ならばどうする事もできなかっただろうが、今のコウはボアの突進を真正面から受け止め、数メートルは後退したが抑え込む事に成功する。彼は三年の間に身に付けた「剛力」の技術を生かし、身体能力の限界まで引き出して逆にボアを押し返す。
「おらぁっ!!」
「プギャッ!?」
ボアを力ずくで横に倒すと、コウは息を荒げながらも満足げな表情を浮かべた。剛力の技術は強力だが、その反動として一度使用すると筋肉痛に襲われる。だから今までは使用する事を控えていたが、魔の山を出て行く前にコウはやるべき事があった。
地面に倒されたボアだったが、どうにか起き上がるとコウを警戒する様に距離を取る。それに対してコウは特に何もせず、それどころか両手を広げてボアに隙を見せる。
「来いよ、もう逃げたりしない……ここでお前との因縁も終わらせてやる」
「フゴォッ……!?」
言葉は理解できないが、ボアはコウの行動を見て自分が馬鹿にされていると気付いて鼻息を鳴らす。今度は先ほどよりも助走距離を取り、全力で駆け込んで彼を牙で串刺しにしようと突っ込む。
――フゴォオオオオッ!!
本気のボアの突進力は赤毛熊を上回る威力を誇り、まともに衝突すればコウであろうと無事では済まない。それでも彼は右手を構え、突進するボアに目掛けてこの三年の間に身に付けた必殺技を放つ。
「
コウは右拳を握りしめる前に火球を掌の中で生成し、それを掴み取るとボアに繰り出す。突進してきたボアの鼻頭にコウの右手が衝突する瞬間、彼は掌の中の火球を握りしめて圧縮させる。
「
「ッ――――!?」
拳がボアに衝突した瞬間、コウの握力で押し潰された火球が爆炎と化して指の隙間から放出され、ボアの巨体を吹き飛ばす。野生の猪よりも遥かに体格が大きいボアの体重は数百キロはあるが、そのボアをコウは一撃で吹き飛ばす。
火達磨と化したボアは悲鳴を上げる事もできずに地面に倒れ込み、絶命したのか動かなくなった。炎はやがて消え冴えると残されたのは黒焦げと化したボアの死骸だけであり、それを確認したコウは額の汗を拭う。
「はあっ、はあっ……勝った、のか?」
ボアを一撃で倒した事にコウは呆然とした表情を浮かべ、すぐに彼は勝利を実感すると両手を上げて雄たけびを上げた。
「うおおおおおっ!!」
あれほど苦しめられたボアを自分一人の力で勝てた事にコウは歓喜し、彼は倒したボアを見下ろす。今まで散々に苦しめられた相手だが、死骸を見るとやはり感慨深い。
「……ありがとな、お前のお陰で強くなれた」
もしもボアがいなければコウはここまで強くなれたかどうかは分からず、自分が仕留めた相手ではあるが彼に感謝の言葉を口にする。そして空を見上げたコウは決意した。
「待ってろよ、ルナ……必ずお前を越えてやるからな」
自分が強くなった事を確信したコウは明日に彼女を追いかける旅に出る事を誓う。ルナも勇者として成長しているだろうが、それでもコウはルナを越えるためにまずは現状の彼女の力を計る必要がある。
魔の山での修行は今日で終わりにすると決め、コウはルナを追いかける旅に出る。その前にアルや他の村の人間と別れを済ませなければならず、コウは倒したボアの死骸を持ち上げた。
「爺ちゃんに良い土産ができたな……これだけあれば俺がいなくなっても大丈夫だな」
ボアを仕留めた理由はコウは自分が消えた後、残された祖父が不自由な生活をさせないために彼はボアを倒して素材を売るつもりだった。ボアの肉は赤毛熊と同様に高く売れ、それだけの金があればアルもしばらくの間は金に困らない。
猟師として復帰したアルは一人で生きていく事に問題ないだろうが、これはコウなりのけじめだった。本当ならばコウはアルの跡を継いで猟師になるつもりでいた。しかし、彼は自分の夢のために村を去らなければならない。だからこそ魔の山一番の獲物を仕留め、猟師としてのけじめをつける。
「今日で爺ちゃんと一緒に過ごすのも最後か……寂しくなるな」
生まれてからコウはずっと祖父と共に生きてきたため、彼との別れは寂しい。だが、コウは幼馴染と会うために村を去らなければならない。その事はアルも承知しており、彼が待つ家へ目指す――
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