第60話 勇者を越える存在

「はあっ、はあっ……た、倒したのか?」

「ぷるぷるっ……」



顔面に爆炎を受けた赤毛熊はぴくりとも動かなくなり、コウは慎重に近づいて様子を伺おうとした時、スラミンが岩陰から顔を出す。どうやら巻き込まれないように避難していたらしく、先にコウはスラミンを抱きかかえた。



「よしよし……無事でよかった」

「ぷるるんっ」



スラミンを抱えたコウは赤毛熊を見つめ、恐らくは死んでいると思われたが念のためにスラミンを近づける。もしも生きているならばスラミンが気配を感知するはずだった。



「どう?死んでるか?」

「ぷるんっ……」



もう気配は感じられないのかスラミンは頷き、赤毛熊が死んだ事を確信するとコウはその場にへたり込む。まさかこんな化物を相手にして勝つなどコウ自身も夢にも思わなかった。


もしも逃げていたとしたらコウは今頃は赤毛熊に追いつかれて殺されていたかもしれず、結果的には戦いを挑んだ事は功を奏した。しかし、今回は偶然にも攻撃の直前で魔法の力を利用する方法を思いついただけに過ぎず、今後はもう二度とこのような命懸けの特攻をするつもりはない。



「し、死ぬかと思った……」

「ぷるぷるっ!!」



勝利はしたが危うく死にかけた事にコウは身体を震わせ、そんな彼を怒るようにスラミンは彼の周りを跳ね回る。だが、偶然とはいえ魔法と拳を組み合わせた攻撃法を思いついた事でコウは危機を脱する。



「はあっ……でも、勝ったんだな」



拳を握りしめながらコウは自分が強くなった事を実感し、これほどの化物を一人で倒した事に嬉しく思う。その一方で彼はこんな化物が山に出現するようになった事に危機感を抱く。



(こんな化物がこれからも増えて行けばここにも気軽に立ち寄れなくなるな……いや、だったら俺がもっと強くなればいいんだ)



新たな攻撃法を思いついたコウは考えを改め直し、どんなに危険な魔物が現れようと自分が強くなって倒せばいいと考える。それぐらいの気概でいなければ勇者ルナに追いつくなど有り得ない。



「もっと……もっと強くなるぞ」

「ぷるんっ?」

「……とりあえずは今日は熊鍋だな」



コウは倒した赤毛熊に視線を向け、これほどの大物を仕留めて帰ってきたと知ったら祖父がどんな反応をするのか気になった――







――その後、赤毛熊の死骸を持ち帰ってきたコウに村の人間達は度肝を抜かし、流石のアルも信じられない表情を浮かべていた。コウが倒した魔物は正式名称は「ブラッドベア」と呼ばれる魔物だが、血のように真っ赤な体毛で覆われている事から赤毛熊という異名の方が有名らしい(奇しくもコウが考えた赤毛熊の名前と一緒だった)。


獣型の魔物は普通の動物よりも栄養価が高く、赤毛熊の肉は高く売れる事が発覚した。毛皮の方もアルが剥ぎ取り、それを利用して彼はコウのためにマントを作ってくれた。寒い時は防寒具だけではなく、毛布の代わりに身体を温める事ができる。


赤毛熊から採取した牙や爪は高く売れるらしく、これらを売る事でコウは旅の資金を再び稼ぐ。魔物の素材は普通の動物よりも高く売れる事を知ったコウは、これからは積極的に魔物を見つけたら自ら倒して素材を回収する事にした。



「たく、本当にお前と言う奴はとんでもない事ばっか仕出かすな……」

「へへへっ……爺ちゃんの孫だからね」

「全く……しかし、こうしてみると随分とデカくなりやがったな」



アルが赤毛熊の毛皮から作ったマントをコウに渡した夜、彼は昔と比べてコウが随分と立派に成長した事を今更ながらに気付く。背も伸びて筋肉も付いてきたが、何よりも雰囲気が子供の頃とは違う。


少し前までは手のかかる子供だと思っていたが、いつの間にか自分の知らない間に化物のような魔物を倒す程に成長した孫にアルは嬉しく思う。しかし、それは同時に彼との別れの時が近い事を意味していた。



「……旅に出るのか?」

「うん、もうしばらくしたら旅に出ようと思う」

「行先は?」

「とりあえずは……王都かな」



コウは最初の旅の目的地は王都と決めていた。王都に決めた理由は勇者ルナに会うためであり、恐らくだが彼女は王都に居る可能性が高い。


村から連れていかれる時に王都の将軍と占術師が訪れているため、彼女は王都で勇者としての教育を受けている可能性が高い。だからこそコウは王都へ向かう事に決め、彼女に会うために旅に出る事を告げた。



「あいつに会ってくるよ」

「……コウ、言っておくがルナちゃんは勇者だ。もうお前の知っている村娘のルナちゃんじゃなくなってるかもしれないんだぞ?それでもお前は会いに行くのか?」

「そんなの関係ないよ」



コウはルナが何者であろうと関係なく、彼女に会いに行く理由は決して寂しさからではなく、単純に彼女に今の自分を知ってほしかったからだ。



「あいつは俺の事を普通の人間だから無茶するなとか言ってきた。確かに俺はあいつみたいに勇者じゃないし、凡人かもしれない。だけどさ……凡人が勇者に劣るなんて誰が決めたの?」

「お前……本気で言っているのか?」

「本気だよ。俺はあいつに追いつくために強くなったんじゃない、あいつを追い越すために強くなると決めたんだ」

「はっ……ははははっ!!こいつはたまげたな!!お前、ルナちゃんを越えるつもりか!?相手は英雄の生まれ変わりだぞ!?」

「だからこそやるんだよ。目標が大きいほど、達成した時は気持ちいでしょ?」

「な、なるほどな!!よく言った、それでこそ俺の孫だ!!だったらなっちまえ!!勇者を越える……大英雄にな!!」



アルは孫の言葉を聞いて笑い、少し前の彼ならばコウの言葉が無謀な企みにしか聞こえなかった。だが、今のコウならば何時の日か本当に勇者を越える存在になるのではないかと期待してしまう――





※間違ってこちらの話を9時に投稿してました(´;ω;`)

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