第20話 修行の成果

――強くなるためにコウは毎日岩を殴りつける練習を続けた。晴れの日も雨の日も風の日も彼は岩に拳を打ち続けた。他の人間が見たら気が狂ったのかと勘違いされてもおかしくはない訓練を行い、やがて変化が訪れたのは一か月経過した頃だった。


最初の内は岩を殴りつける度に拳を痛めては星水で治療していたコウだったが、一か月は経過した頃には彼の拳は岩を一度殴りつけるだけでは壊れなくなった。拳の痛みも徐々に慣れていき、遂にはコウの拳は小石程度なら破壊できる程に硬くなる。



「だぁあああっ!!」



コウは気合を込めて岩の上に置いた石を叩きつけると、粉々に石は砕け散った。それを確認したコウは若干興奮した様子で自分の拳を見つめ、怪我一つない事を確認すると笑みを浮かべた。



「はあっ、はあっ……よしっ!!やったぞスラミン!!」

「ぷるるる……」

「って、寝てんのかい!?」



初めて小石を砕く事ができたコウは嬉しさのあまりにスラミンに振り返るが、スラミンは鼻ちょうちんを上げながら眠っていた。スライムも眠る事をコウは初めて知り、呆れた様子で彼はスラミンを起こそうとした。



「たく、仕方ないな……まあ、ずっと暇そうだったもんな」

「ぷるるんっ……」



コウが練習している間はスラミンはずっと彼の練習風景を眺めていたが、流石に一か月も見続けるのは退屈だったのか昼寝してしまった。コウはスラミンを起こそうとした時、不意に彼は背後から気配を感じ取る。



(何だ!?)



嫌な予感を抱いたコウは咄嗟に振り返ると、そこには石斧を掲げたゴブリンの姿があった。突如として現れたゴブリンはコウに目掛けて襲い掛かった。



「ギィイッ!!」

「うわっ!?」

「ぷるんっ!?」



いきなり現れたゴブリンにコウは驚きながらも回避すると、ゴブリンの振り下ろした石斧は岸辺の岩に衝突する。流石のスラミンも目を覚ましたらしく、いきなり現れたゴブリンに驚く。


ゴブリンの出現にコウは驚きながらも即座に自分の荷物の元に駆けつけ、万が一の場合に備えて持ってきていた手斧を取り出す。ゴブリンは攻撃を躱された事に苛立った表情を浮かべ、コウとスラミンを睨みつけた。



「ギィイイイッ!!」

「くっ……スラミン、どうして気付かなかった!?」

「ぷるるんっ……」



いつもならば魔物が近付いた時はスラミンが事前に注意してくれたが、どうやら昼寝している間は感知能力も発動しないらしく、ここまで接近されながら全く気づかなかった。スラミンは申し訳なさそうな表情を浮かべるが、コウは彼を責めはしない。



(仕方ないか……これまで散々頼って来たんだから今更怒るのは可哀想だしな)



スラミンを責める事はせずにコウは目の前に現れたゴブリンと向き合う。ゴブリンは手斧を手にしたコウを見て自分も石斧を構えるが、その表情は余裕があった。



「ギッギッギッ!!」

「この野郎、何を笑ってるんだ……こっちが子供とスライムだからって馬鹿にしてるのか?」

「ぷるぷるっ!!」



ゴブリンが自分達を見て笑っている事にコウとスラミンは苛立ちを抱き、一方でコウはどのようにゴブリンを倒すべきか考える。一か月前に遭遇したゴブリンに殺されかけた事は記憶に新しいが、それでもこの状況で逃げるという選択肢はない。


一か月前までのコウならばゴブリンを相手に怯えていたかもしれないが、死闘を乗り越えた事で彼も精神的に成長した。一度倒した相手という事も会って最初に会った時よりも恐怖心は抱かず、かといって決して油断はしない。



(大丈夫だ、前の時とは違う。こいつの弱点は分かってる……むしろ、これは好機チャンスだ!!)



コウはスラミンに目配せを行うと、スラミンはコウの考えている事を察して頷き、自らゴブリンの元に近付く。



「ぷるる~んっ!!」

「ギィッ?」



スラミンはゴブリンの側面に移動すると、大きく口元を開く。それを見たゴブリンは疑問を抱くが、直後にスラミンは口内から水を発射させた。



「ぷるっしゃあああっ!!」

「ギィアッ!?」

「今だ!!」



ゴブリンがスラミンの吐き出した水を顔面に浴びて怯んだ瞬間、コウはそれを見逃さずに踏み込む。予想外の攻撃で視界を封じられたゴブリンは何が何だか分からずに顔面を抑えて動きを止める。


視界が封じられて動けなくなったゴブリンに目掛けてコウは踏み込み、渾身の力を込めて右拳を握りしめる。この時に彼は手斧を手放してゴブリンに近付くと、全力でゴブリンの顔面に右拳を叩き込む。



「だぁあああっ!!」

「グフゥッ!?」



コウの繰り出した右拳がゴブリンの顔面に的中し、そのまま後ろに存在した岩に叩きつける。顔面と後頭部を強打したゴブリンは血反吐と血の涙を流し、頭蓋骨が砕ける音が鳴り響く。


敵の頭を叩き潰す感触を味わったコウは慌てて下がると、ゴブリンは頭から血を流しながら倒れて動かなくなった。その光景を見てコウは信じられない表情を浮かべ、一か月前までは殺されかけた相手をコウはたったの一発で倒してしまった。



「嘘だろ……か、勝ったのか?こんなあっさり……」

「ぷるぷるっ!!」



自分の拳を見下ろしながらコウは倒れて動かなくなったゴブリンを見下ろし、そんな彼の頭にスラミンは飛び乗り、勝利の雄叫びらしき鳴き声を上げた――

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