第21話 鋼の拳
――それからさらに半年の時が過ぎると、13才を迎えたコウの肉体に異変が起きていた。スラミンの協力の元、毎日彼は魔の山に出向いては気が狂ったように岩を拳に叩き込み、星水を使用して治療を行う。そんな事を毎日続けていくうちにコウの拳は徐々にだが硬くなり、子供の拳とは思えない程に頑強になっていた。
「ふうっ……」
コウは正座した状態で目の前に置いた石に視線を向けた。石の大きさは漬物石ぐらいはあるが、彼は右拳を力強く握りしめると、目を見開いて全力で叩き込む。
「だああっ!!」
「ぷるんっ!?」
気合の雄叫びと共にコウは石に拳を叩きつけた瞬間、意志は粉々に砕けてコウの拳が地面にめり込む。それを見たスラミンは驚愕の表情を浮かべ、一方でコウは右拳を確認すると、怪我一つ負っていない事を確認して満足そうに頷く。
「鋼とまではいかないけど……鉄の拳ぐらいにはなったかな?」
鋼の拳を持つを言われた叔父と比べるとまだまだだが、コウは半年の鍛錬で石を砕ける程の筋力と拳の硬さを手に入れた。砕けた石を見てコウは満足そうに頷き、しかしすぐに表情を引き締める。
石を砕く程度では熊を一撃で殺したルナに追いついたとは言えず、彼はもっと強くなるための方法を考える。そこで彼が思いついたのはゴブリンとの戦闘で発揮した「火事場の馬鹿力」だった。
(あの時の感覚を自由に引き出す事ができればもっと強くなれると思うけど……)
子供ながらにコウがゴブリンを倒す事ができたのは、死の窮地に追い込まれた事で肉体の限界まで力を引き出して戦ったからである。限界まで力を引き出した事でコウはゴブリンに対抗する力を一時的に発揮したが、その力を自在に引き出すためにはどうしたらいいのか考える。
「とりあえず、もっと体力と筋力を身に付ける必要があるかな」
「ぷるん?」
コウの呟きにスラミンは首を傾げ、この半年の鍛錬でコウの身体は大分鍛えられた。だが、それでも魔物との戦闘では不十分と考えたコウは更なる体力と筋力を身に付けるために新しい訓練を取り込む事にした――
――翌日からコウは朝からアルの代わりに薪割りを行い、全力で斧を振り落として薪を割る。朝から1時間も薪割りを行っているせいで彼の周りには大量の薪が散らばった。
「おい、いつまで薪を割ってるんだ!?もう十分だろうが!!」
「ふうっ、ふうっ……まだまだ!!」
「いい加減にしろ!!身体が壊れるぞ!?」
アルが止めなければコウは延々と薪割りを行い、結局は余った分の薪は他の家に渡す事になった。また、薪割り用の木材も使い切ってしまったためにコウは自分で木を伐採して持ち帰るように注意された――
――薪割りを終えた後はコウは背中に籠を背負い、今日は魚釣りに出向く。但し、魚を釣る場所は魔の山であり、自分達が食べる分の魚を釣り終えると彼は岸辺にある人間の子供ぐらいの大きさの岩を両手で持ち上げ、体力の限界まで持ち上げ続けた。
「うぐぐっ……!!」
「ぷるぷるっ……」
岩を持ち上げた状態のコウは全身から汗を流し、体力が尽きるまで岩を持ち上げ続ける。下手に力を抜けば岩に押し潰される危険な行為だが、それでも彼は意地でも岩を置かない。
やがて体力の限界を迎えたコウは身体がふらつき、岩を地面に落としてしまう。彼が地面に倒れ込むと、竹筒を頭に乗せたスラミンが駆けつける。
「ぷるぷるっ!!」
「はあっ、はあっ……ありがとう」
限界まで体力を使い切ったコウはスラミンの渡した竹筒を飲み干す。この時に竹筒に入っていたのはただの水ではなく、洞窟から汲んできた星水だった。
「んぐっ、んぐっ……よし、復活!!」
「ぷるるんっ……」
星水を飲んだ事で体力を完全回復させたコウは頬を叩き、今度はもっと大きな岩に視線を向けて持ち上げようとした。
「今度はこっちだ!!」
「ぷるんっ!?」
先ほどよりも大きな岩を持ち上げたコウは体力が切れるまで岩を持ち上げ続け、限界を迎えて倒れそうになると星水が入った竹筒を持つスラミンに助けてもらう。これを繰り返していくうちに彼は短期間の間に体力を身に付けていく――
――そしてさらに月日が流れると、14才になったコウは魔の山を元気に駆け回る程の体力を身に付けた。普通の人間ならば身体が壊れてもおかしくはない鍛錬を繰り返し、何度も怪我や筋肉痛を引き起こしたが、その度に星水を利用して回復を行う。その結果、ほんの1年半の間にコウは驚異的な体力と筋力を身に付ける事に成功した。
「逃げるぞスラミン!!」
「ぷるるんっ!?」
「フゴォオオオッ!!」
コウは魔の山に新しく出現した「ボア」と呼ばれる猪型の魔獣に追われ、山の中を全力で駆け巡っていた。スラミンを頭に乗せたコウは森の中を駆け巡り、後方から追いかけるボアを確認する。
ボアはゴブリンとは比べ物にならない力を誇り、その突進力は大木をへし折り、岩をも砕くと言われている。実際に普通の猪の何倍もの体長を誇り、しかも牙が槍の刃先のように鋭く尖っている。そんな恐ろしい化物に追い掛け回されているにも関わらずにコウは何処か余裕のある表情を浮かべていた。
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