修行編

第19話 強くなるために

――約束通りにコウは一人で猪を仕留めると、旅に出る許可を得た。しかし、今すぐに旅に出る事だけは反対され、コウ自身もそれを受け入れてあと2年の間は村に残って生活する事にした。


少し前のコウならば一刻も早く村を出たがっただろうが、彼が旅に出る決意を固めたのはルナに会うためである。しかし、ルナが村に戻ってきて勇者として立派に務めを果たしていると知った以上、彼女に会いに行くためだけに旅に出る必要性はなくなった。


それでもコウはいずれ旅に出る決意は固めており、まずは勇者ルナに追いつくために強くなる方法を考える。そこで彼が最初に思いついたのは全回復の泉の事だった。



「よし、頼むぞ相棒!!」

「ぷるんっ!!」



コウは背中に籠を背負うと魔の山に出向き、山菜や茸などを回収しながら全回復の泉がある洞窟へと向かう。この山には魔物が住み着いているが、スラミンの感知能力を頼りにコウは魔物達に見つからないように滝の裏の洞窟へと辿り着く。



「ふうっ……流石にきついな。けど、本番はここからだ」

「ぷるぷるっ!!」



洞窟へ到着したコウは籠を置くと、採取した山菜や茸を掻き分けて小さな壺を取り出す。コウは全回復の泉から星水を壺に組み上げると、洞窟の外に出向いて手ごろな大きさの岩の前に立つ。



「これぐらいの大きさで十分かな……どりゃあっ!!」

「ぷるんっ!?」



岩の前に立ったコウは全力で拳を岩に叩きつけると、しばらくの間は硬直していたが、やがて涙目を浮かべて殴りつけた右拳を抑えた。それを見たスラミンは心配そうの近付く。



「いってぇえええっ!?痛い、痛い、痛いっ……!!」

「ぷるるんっ?」



唐突に岩を殴ったコウにスラミンは心配そうな表情を浮かべるが、すぐにコウは星水を汲み上げた壺の中に右手を突っ込む。すると一瞬にして痛みがなくなり、腫れが引いていく。



「ふうっ……痛かった。けど、まだまだっ!!」

「ぷるんっ!?」



星水を利用して右拳を治したコウは再び立ち上がると先ほどと同じように岩に拳を叩きつける。またもや全力で拳を叩きつけたせいで激痛が襲うが、それでもコウは歯を食いしばって耐え凌ぐ。


スラミンはコウの行動に心配そうに見つめるが、コウはすぐに拳を痛めると星水が満たされた壺の中に右手を突っ込む。拳の痛みが消えると再びコウは岩に目掛けて殴りつける。



「だあああっ!!」

「ぷるぷるっ……」



何度も岩に全力で拳を叩きつけるコウにスラミンは心配そうな表情を浮かべるが、星水の効果が切れるまでコウは幾度も右拳を岩に叩きつけては治療を行う。別に彼は気が狂って拳で殴りつけているわけではなく、これもちゃんと考えがあっての行動だった。



(一流の格闘家は小さい頃からこうして硬い物を殴りつける事で拳を固くさせるって爺ちゃんが言っていた。勿論、何の考えも無しに硬い物を殴りつけるだけだとすぐに拳は使い物にならなくなる)



打撃を主軸とする格闘家は硬い岩や巻き藁に拳を叩きつける事で拳の骨を強固にさせるという話をコウはアルから教わった事がある。どうしてアルがそんな話を知っていたのかと言うと、実は彼の弟は格闘家だった。


弟はコウが生まれる前に病で亡くなったらしいが、アルによればゴブリンを殴り殺せる程に強い格闘家だったとコウは教えられた。彼の拳は鉄拳を越えた鋼の拳とさえ呼ばれ、そんな叔父の話を思い出してコウも強くなるために自分の拳を鍛える練習を行う。



「うおおおおっ!!」



コウは岩に目掛けて拳を何度も叩きつけ、打ち付ける度に岩に血が滲む。普通の人間ならば全力で拳を硬い岩に叩きつける事に躊躇するだろう。生身の拳で岩を殴りつければ大怪我を負う可能性も高く、普通の人間ならばこんな真似はできない。


しかし、コウは星水を使用する事で一瞬で怪我を治し、拳を痛めつけてもすぐに治療を施して何度も拳を岩に叩き込む。鋼の拳を称された叔父を目標にコウも魔物を殴り飛ばせる程の力を手に入れようと頑張る。



(強くなるんだ!!あいつを越えるために!!)



星水の効果が切れるまでコウは何度も拳を岩に叩きつけ、壺の中の星水が効力を失うと新しい聖水を汲みに洞窟へ戻る。途中で体力が尽きそうになっても星水を補給する事で回復し、何十回、何百回、何千回も拳を岩に叩きつけた――

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