第14話 全回復の泉

『爺ちゃん……この絵本、本当の話なの?』

『ああ、そうだ。これは本当に居た家族の話だぞ』

『なら、僕もその全回復の泉の水を飲めば病気も治るの?』

『う、う〜ん……そいつは難しいな、全回復の泉の水は簡単には飲めないんだ』



子供の頃のコウは絵本で救われた主人公の弟の事を羨ましく思い、自分も全回復の泉を飲めば病気が治るかと思ったが、アルによれば全回復の泉は気軽に手に入る場所にはないという。


全回復の泉があるのは危険区域の最深部である事が多く、腕利きのでも雇わなければ辿り着けない。また、全回復の泉の水は汲んで持ち帰ったとしても一定時間で効力を失う。そして生憎とコウが暮らす村の周辺地域には危険区域は存在せず、そもそも必ずしも全ての危険区域に存在するわけではない。



『大丈夫だ、お前も大きくなれば病気になんか負けないぐらい強くなれる。さあ、今日はもう寝るんだ』

『うん……』



しかし、この日にコウの両親は事故に遭って戻ってくる事はなかった。彼の体調は奇跡的に治ったが、コウが両親の顔を見る事はなかった――






――昔の記憶を掘り起こしたコウは全回復の泉を見つめ、この泉の水を絵本の青年は「星水」と名付けていた。名前の由来は星のように美しく光り輝く事から絵本の主人公は「星水」と呼んでいた。



「これが星水……綺麗だな」

「ぷるぷる〜」

「うわ、お前飲み過ぎだぞ!?眩しい!!」



スライムは水を飲む事で生命を維持する種族であり、スラミンは星水を取り込んだ事で発光していた事が発覚した。ありとあらゆる病や怪我を治すという伝説の泉を発見したコウは驚きながらも疑問を抱く。



(でも、なんで全回復の泉がこんな洞窟の奥で湧いてるんだ?そもそもここは危険区域じゃないぞ)



本来であれば危険区域の最深部にしか湧き出る事がはないはずの全回復の泉が洞窟の奥に湧いている事にコウは疑問を抱き、彼はここまで導いたスラミンに視線を向けた。


スラミンはスライム種と呼ばれる魔物であり、本来であればこんな場所に生息する生き物でもはない。それはゴブリンも同じであり、コウはある結論に辿り着く。



「まさか……この山は本当は危険区域だったのか!?」

「ぷるんっ?」



突拍子もない推測だが、この山が危険区域ならば魔物が現れてもおかしくはない。これまでにコウはこの山で魔物と遭遇した事はなかったが、今現在の山には魔物が生息し、そして危険区域でしか湧くはずがない全回復の泉が出現した。





――コウが暮らす村の周辺地域には危険区域は存在しないと言われていたが、現実に山にはゴブリンとスライムという魔物が現れた。この二種類が遠く離れた危険区域からここまで訪れたとは考えにくく、もしかしたらこの山で自然発生した魔物の可能性がある。




魔物はどのようにして誕生するのかは不明だが、一つだけ言える事は危険区域内ではどんなに魔物を駆逐しても新しく魔物が誕生する。過去に国が軍隊を率いて危険区域内の魔物の殲滅を計ったが、いくら殺しても魔物は全滅する事はなく、それどころかより強力な魔物が誕生する様になったとコウは聞いた事があった。


危険区域では魔物を殺しすぎるとより強力な魔物が誕生するらしく、その仕組みが判明してからは何処の国も無暗に魔物を殺し回る事を止め、危険区域を隔離させて一般人は近づけさせないようにした。どれだけ魔物を殺しても新しい魔物が誕生するのならば殲滅は不可能であり、せめて危険区域内の魔物が出てこないように監視するのが精いっぱいだった。



「お前……何処から来たんだ?」

「ぷるんっ?」

「自分が生まれた場所は覚えてるのか?」

「ぷるるんっ?」



コウの言葉は理解しているようだがスラミンは不思議そうな表情を浮かべており、自分の出生に関しては何も覚えていない様子だった。コウはそんなスラミンの反応に冷や汗を流し、もしもコウの予測が正しければこの山は人が近付いて良い場所ではない。



(すぐに村の皆に知らせないと……早く山を下りないと大変な事になる!!)



山の異変に気付いたコウは一刻も早く村に戻ろうと考えたが、ここで彼はゴブリンの事を思い出す。未だにゴブリンはコウの斧を持って山の中を散策しているはずであり、もしも遭遇すれば今度こそ命を落とすかもしれない。



「くそ、あいつさえいなければ……いや、そんな事を言っても仕方ないか」

「ぷるんっ?」



自分がゴブリンに挑まなければ武器も奪われる事はなく、安全に山に降りる事ができたかもしれないと考えたコウだったが、すぐに彼はスラミンを見て甘い考えを捨てた。


もしもスラミンやゴブリンがこの山で誕生したのならば、既にコウを襲ったゴブリン以外の魔物が現れていてもおかしくはない。もうこの山に安全な場所は存在せず、コウはどうにか山を下りて他の村人に危険を知らせなければならない。



「……力を貸してくれ相棒、お前の助けがいるんだ」

「ぷるんっ!!」



コウはスラミンに力を貸してほしい事を伝え、彼が傍に居れば他の魔物の気配を感じ取って事前に注意してくれる。コウはスラミンを連れて山を下りるため、洞窟を出て行こうとした。しかし、ここで彼はある事を思い出す。

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