第8話 魔物

(あいつは食事に夢中みたいだ、今ならこっそり近付けば気付かれないはず……)



斧を手にしたコウはゴブリンの様子を伺い、熊の死骸に貪るのに夢中で全く警戒していない。それを確かめたコウは気配を殺しながら慎重に近づく。


一年間の狩猟は全くの無駄というわけでもなく、動物を狩猟する際に経験を生かしてコウは気配を殺す術を学んだ。決して大きな音を立てないように気をつけながらコウはゴブリンの背後に近付き、斧を振りかざす。



(今だ、振り下ろすんだ!!早く動け……動けっ!!)



両手で握りしめた斧をコウは構え、生物を相手に斧を使った事は一度もない。コウはゴブリンの後頭部に狙いを定め、覚悟を決めて振り下ろす。



「うああああっ!!」

「ッ――――!?」



斧を振り下ろす際にコウは大声を上げてしまい、ゴブリンは背後に立つコウの存在に気付いて振り返った。その結果、コウの振り下ろした斧の刃はゴブリンの顔面に敵ちゅし、血飛沫が舞い上がる。



「ギィアアアアッ!?」

「うわっ!?」



後頭部は外したが顔面に斧を当てる事に成功したコウは尻餅をついてしまい、一方で顔を傷つけられたゴブリンはその場に倒れて苦しみもがく。かなり深く斧の刃がめり込んだはずだが、それでも絶命までには至らなかった。



(まずいっ!!早く止めを刺さないと……!?)



コウは一撃で仕留めきれなかった事から慌てて落ちた斧を拾い上げ、追撃を加えようとした。しかし、ゴブリンは片手で顔面を抑えながらも反対の手を地面に伸ばして土砂をコウの顔面に放つ。



「ギィイッ!!」

「うわっ!?げほっ、げほっ!!」



顔面に土砂を浴びせられたコウは視界を封じられ、口の中に入った土砂を吐き出す。この時にコウは斧を手放して反射的に顔にこびりついた土砂を拭き取ろうとしてしまった。


ゴブリンはコウが斧を手放した隙を逃さず、顔を片手で覆い込んだ状態から彼に目掛けて飛び込む。コウはゴブリンに飛び掛かられ、お互いに地面に転がり込む。



「ギイイッ!!」

「ぐあっ!?止めろ、離せっ……がああっ!?」



怒りと憎しみを入り混じった表情を浮かべたゴブリンはコウの右腕に噛みつき、そのまま腕を引きちぎる勢いで牙を食い込ませる。コウは悲鳴を上げて必死に引き剥がそうとするが、信じられない程の強い力でゴブリンは彼に抱きつく。



(そんな馬鹿な!?ゴブリンは魔物の中では力が弱い方なんじゃなかったのか!?)



絵本の内容とはいえ魔物を題材にした本によればゴブリンは魔物の中では決して力が強い部類ではない。しかし、コウはいくら引き剥がそうとしてもゴブリンは離れず、彼の腕を今にも食いちぎりかねない勢いで噛みつく。



『コウは普通の人間なんだから』



この時にコウは幼馴染のルナから言われた言葉を思い出し、自分が至って普通の人間である事を実感させられる。いくら強がっていてもコウには勇者である彼女のような力はなく、魔物が相手では成す術もなく殺される運命なのかと諦めかける。



(死ぬのか、このまま俺は……あいつにまた会う前に)



徐々に意識が薄れていき、抵抗する力も上手く出せない。このまま諦めれば楽になるのかとコウは思いかけたが、すぐに彼は思い直す。



「……ざけるな」

「アガァッ!?」

「ふざけるなぁああああっ!!」



窮地に追い詰められた事でコウは冷静さを失い、怒りのあまりに立ち上がって腕に噛みついたゴブリンを近くの木に叩きつける予想外の反撃にゴブリンは戸惑うが、コウはゴブリンが離れるまで何度も木や岩にゴブリンを叩きつけた。



「離れろ!!離せっ……このぉっ!!」

「ギャアアッ!?」



火事場の馬鹿力が発揮したのかコウはゴブリンを痛めつけると、遂にゴブリンは牙を彼の腕から引き抜いて離れた。そんなゴブリンに対してコウは興奮した様子で睨みつけ、それを見たゴブリンはたじろぐ。


先ほどまでと雰囲気が違うコウにゴブリンは警戒心を抱くが、有利なのは自分である事は自覚していた。コウが思いもよらぬ力を発揮したので逃げてしまったが、彼の腕はもう使い物にならない程に傷だらけだった。



「ギィイイイッ……!!」

「つうっ……この野郎!!」



ゴブリンに咬まれた腕を抑えながらコウは睨みつけ、この状況を打破する方法を探す。そして彼は先ほどゴブリンに土砂を浴びせられた事を思い出し、仕返しとばかりに落ちていた石を拾い上げて投げつける。



「喰らえっ!!」

「ギャウッ!?」



猟師としては未熟だが投石の腕前だけは一流のコウはゴブリンの右目に石を的中させ、思いもよらぬ反撃を受けたゴブリンは悲鳴を上げる。その間にコウは落ちている斧の元に駆けつけ、怪我をしていない右手を伸ばす。



(これさえあれば!!)



斧を手にしたコウは武器として使おうとしたが、ここで思いもよらぬ事態に陥る。右腕だけでは斧の重量を支えきれずに体勢を崩し、まともに武器として使えなかった。

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