第7話 山の異変
「――はあっ、結局またここに来ちゃったよ」
コウはため息を吐きながらいつも通りに山を登っていた。もう旅に出る理由はなくなったにも関わらず、彼はいつもの日課通りに狩猟するために山へ訪れていた。
「昨日、熊に殺されかけたばかりだってのに……何してるんだろ」
いつも通りに自分が山に登ってしまった事にコウは呆れ、ここまで来た以上は引き返すのも面倒なので仕方なく狩猟に専念する。今日は弓矢の類は持ち合わせておらず、その代わりに武器代わりに斧を持ってきていた。
こちらの斧は武器としではなく、薪割り用の樹を折るために使用する斧だった。今日の所は狩猟よりも薪割り用の木材を確保する事を優先し、コウは手ごろな大きさの樹を探す。
(そういえばこの近くだったな、ルナが殺した熊の死骸がある場所は……少し、様子を見てこようかな)
昨日にコウは自分を襲った熊の事を思い出し、ルナが熊を殺した後は死骸に手を付けずに放置した。猟師ならば死んだ熊の死骸を放っておくなど普通は有り得ないだろうが、コウはどうしてもルナが殺した獲物を持ち替える事に拒否感を抱く。
(他の動物に食い荒らされていないかな……うっ、何だこの臭い!?)
コウは森の中を進んでいると異様な悪臭に襲われ、彼は耐え切れずに鼻を塞ぐ。いったい何が起きているのかと気になったコウは急いで熊の死骸があった場所に向かうと、そこには人影が見えた。
(誰だ!?あいつは!?)
熊の死骸の前に得体のしれない存在がいる事に気付き、耳を澄ませると肉を貪る音が聞こえた。何者かが死んだ熊の死骸に嚙り付いてるとしか思えず、コウは顔色を青くしながら近くの木陰に隠れた。
(何なんだあいつ……!?)
木陰からコウは様子を伺うと、熊の死骸に嚙り付いていたのは全身が緑色の皮膚で覆われた生物だと気付く。外見は人間と同じように二足歩行で手足は細長く、体格はコウよりも小さくて身長は120センチ程度しかない。
遠目で見た時は人間かと思ったが、近づいてみると明らかに人間とは異なる生物だった。緑色の皮膚に醜くも恐ろしい風貌、動物のように爪と牙が長く、全身から悪臭を放つ。
(こいつ、絵本で見た事がある……思い出した!!)
コウは子供の頃に読んだ魔物を題材にした絵本を思い出し、熊の死骸を喰らう魔物の正体が「ゴブリン」と呼ばれる生物だと思い出す。
ゴブリンは魔物の中では比較的に力は弱いが、その代わりに知能が優れている。人間のように二足歩行できるだけではなく、自ら武器や防具を製作したり、集団で行動する時は連携して襲い掛かる。
(どうしてゴブリンがここに……魔物は
本来であれば魔物は危険区域と呼ばれる場所以外に滅多に姿を現わさず、基本的には魔物は危険区域内でしか長くは生きられない。過去に研究のために危険区域内に生息する魔物を連れ帰った人間も居たが、不思議な事に連れ去られた魔物は数日も持たずに餓死した。
魔物は危険区域内に発生する特殊な植物や他の魔物を栄養源にして生きているため、危険区域外に生息する植物や動物を食べても碌な栄養を得られずにやがては死んでしまう。だからこどんなに力の弱い魔物でも危険区域から逃れようとする魔物は滅多にいないと聞いていたが、現実にコウは山の中でゴブリンを発見した。
(こいつ、何処から来たんだ!?)
コウが感じ取った悪臭の正体はゴブリンだと悟り、どうやらゴブリンはここまでの道中でかなりの数の獣を殺し回ったらしく、身体中が血塗れになっていた。それが悪臭の原因だと悟り、コウは身体を震わせる。
(落ち着け、大丈夫だ。これだけ臭ければあいつだって俺に気付かないはず……)
前の時は額に血を流したせいで熊に臭いで勘付かれてしまったが、幸いにもコウが発見したゴブリンは熊の死骸を食べる事に夢中で彼の存在に気づいてはいない。
(何でこんな所に魔物がいるのか知らないけど……仕留めるなら今が
コウは背中に抱えていた斧を取り出し、今ならば食事に夢中なゴブリンに奇襲を不意打ちを仕掛けられる事を知って両腕が震える。このまま逃げかえる事もできるが、魔物を放っておくと何をしでかすか分からない。
この山には極稀にコウやアル以外の村人も立ち寄るため、もしもゴブリンと遭遇したら大変な事態に陥る。それに昨日の一件でコウは「普通の人間」とルナに言われた事を思い出し、それを否定するかのように彼は斧を握りしめる。
(俺は……俺は凡人なんかじゃない!!)
勇者になったルナとの力の差を思い知らされたコウだったが、それでも彼はルナに言われた「普通の人間」という言葉が忘れきれなかった。自分だってこの一年の間に強くなったんだと思い込む事でコウは魔物と戦う決意を固める。
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