第6話 凡人の意地

――コウが村に戻ると、村長の屋敷の前に大勢の村人が集まっていた。不思議に思ったコウは何があったのかを尋ねると、どうやら先ほどルナが村長の屋敷に戻ってきた事が発覚する。



「あ、コウ!!お前何処に行ってたんだよ!?折角ルナちゃんが戻ってきてたのに!!」

「……ルナが村に来たのか?」

「ああ、さっきまで居たよ。ルナちゃん、本当に凄かったぞ!!急に空から降ってきたんだ!!」

「きっと、風の魔法を使ったんだよ!!そうでもなければ人間あんな風に高く飛べるはずがないからな!!」



山でコウと別れた後にルナは風の魔法で自分の村に戻って来たらしく、自分の両親と祖父と会って来たらしい。しかし、コウが到着した時には既に立ち去っていたらしく、彼女はもう村には残っていない事を知った。



「ルナは……何か言ってた?」

「ああ、何でも今は勇者の仕事が忙しくなるからしばらくの間は村に戻る事ができないそうだ。お前も早く戻ってくればルナちゃんに会えたのに……」

「そうか……」

「……どうしたんだ?なんか元気ないな?」



勇者としての仕事が忙しくなるという話を聞いてコウはルナが勇者として働いている事を知り、やるせない気持ちを抱く。一年前の時は彼女は勇者と言われて戸惑っていたが、今ではもう自分が勇者である事を自覚して仕事を行っていると知ってコウはため息を吐き出す。


コウがルナと会うために旅に出る決意を固めたのは彼女を連れ戻すためだった。あんな風に無理やりに連れて行かれた彼女を放っておく事などできず、何があっても彼女を救おうと考えた。しかし、結局はそれは杞憂に終わってしまう。



(勇者の仕事は困っている人を救う事、か……あいつはもう勇者になったんだな)



自分が助けようと思っていた幼馴染はもう既に勇者である事を受け入れ、困っている人々のために働いていると知ってコウは落ち込む。彼が村の外に出たい理由はルナを助けるためだったが、もう彼女は自分の助けなどいらない程に強くなっていた。



(……帰ろう)



これ以上にルナの事を考えるのを止める事にしたコウは自分の家へと戻った――






――コウが自分の家に辿り着く頃には既に夕方を迎えており、今日の狩猟で得たのは兎と川魚だけだった。結局はコウはルナが倒した熊の死骸を持ち替える事はなく、そのまま山に残して家に戻ってきた。


熊の死骸を自分が殺した事にして素材を持って帰れば祖父もコウが旅立つ事を許してくれたかもしれないが、もうコウは旅に出る気力を失っていた。彼が旅に出たい理由はルナと再会するためだが、思いもよらぬ形で目的は果たされてしまう。



「爺ちゃん、帰ったよ」

「……ああ、コウか。悪いが水を一杯汲んできてくれないか」

「分かった、ちょっと待ってて」



家の中に入って早々にコウはベッドに横たわるアルに話しかけられ、すぐに彼は言われた通りに彼に水を与える。最近のアルはベッドで横になる事が多く、顔色も悪かった。



「爺ちゃん、やっぱりちゃんとしたお医者様に診て貰った方がいいよ。薬代ぐらい、俺が何とかして稼ぐから……」

「馬鹿を言え、しばらく休めばすぐに元気になるさ」

「その台詞、もう何回目だよ……」

「……忘れた」



ベッドに横たわるアルは昔ほどの威厳は感じられず、今はコウが手を貸さないと動くのもままならない状態だった。一年前と比べて身体が弱り、もう狩猟に出向く事もできない。



「爺ちゃん、今日の獲物は兎と川魚だよ」

「何だ、また猪と熊は取れなかったのか……それじゃあ、何時まで経っても旅に出れないぞ」

「……ごめん」

「どうした?今日はやけに素直だな、何かあったのか?」



いつもならば自分の小言に対して言い返してくるコウが大人しい事にアルは不思議に思い、何がったのかを尋ねる。だが、そんなアルにコウは首を振った。



「別に何もないよ。さあ、食事の準備をするから待っててね」

「悪いな……明日は俺が作るからな」

「別にいいってば」



コウは食事を用意するために厨房に向かう。そんな彼をアルは何か言いたげな表情を浮かべながら見守る――






――その日の夜、コウは自分の部屋のベッドの上で考え込んでいた。これまでの彼はルナに会うために狩猟を頑張ってきたが、再会した彼女は自分の力など必要ないぐらいに強くなっていた。



(……あいつ、思ったより元気そうだし、それに爺ちゃんも放っておけないよな)



一人で旅に出るためにコウは頑張ってきたが、旅に出るための理由だったルナと出会えた事、そして体調が悪い祖父を置いて旅に出るなどできないと彼は考えていた。


ルナに言われた通りに危険な狩猟を行わずに他の仕事に就けば生きていく事はできる。時々コウも狩猟以外の仕事を他の村人に頼まれる事があり、事情を話せば他の村人も仕事を彼に与えてくれるだろう。



(もうあいつは俺なんて必要ないのか……)



子供の頃から一緒に行動していたためにコウはルナの事をのように大切に想っていた。しかし、再会したルナはコウの助けなど必要ないくらいに強くなり、立派な勇者として活躍していた。



(普通の人間、か)



コウはルナに言われた言葉を思い出し、彼女の言う通りに自分は「凡人」である事を思い知らされる。もしもルナが助けてくれなければコウは今頃熊の餌食になってしんでいた。


幼い頃はコウは絵本の主人公のように格好良く魔物を倒して人々を救う人間、つまりは勇者や英雄といった存在に憧れていた。しかし、歳を重ねるにつれてコウは自分がただの非力な人間である事を思い知り、嫌でも現実の厳しさを思い知らされる。



「凡人、か」



一年前に出会った占術師の事をコウは思い出し、あの時に彼はルナと共に占術師に触れた。占術師は触れただけでルナを勇者と見抜いたが、恐らくはコウの事はただの凡人だと気付いて突き飛ばしたのだろう。



「……くそっ!!」



コウは自分が凡人である事を嫌でも思い知らされ、何故だかむかむかして眠れない。結局は夜が明けるまでコウは眠る事ができず、翌日の朝を迎えた――

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