第5話 さよなら

「俺は……狩猟してたんだ」

「狩猟?コウ一人で?お爺さんはどうしたの?」

「爺ちゃんは家にいるよ、最近は一緒に居る事も少なくなった」

「えっ……?」



コウは自分が一人で狩猟を始めた経緯を話し、旅に出る条件としてコウは熊か猪を狩らなければならない事を伝えた。その内容を聞いたルナは戸惑い、どうしてそんな危険な真似をするのかを問う。



「一人で狩猟なんて危ないよ!!何を考えてるの!?今だって僕が助けなかったら死んでたんだよ!?」

「いや、でも俺は……」

「でもじゃないよ!!だいたいどうして旅に出たいのか理由を教えてよ!!」

「そ、それは……」



ルナの言葉にコウは咄嗟に言い返す事ができず、まさかルナに会いに行くために旅に出る決意をしたというのが恥ずかしかった。しかし、何も越えたないコウに対してルナは怒った様子で注意する。



「とにかく、もうこんな危険な真似は駄目だよ!!こんな真似をしてたらいつかきっと死んじゃうよ!!約束してよ、もう二度と危険な真似はしないって!!」

「な、何だよ!!俺だって真面目に考えて……」



危険な真似をしようとするコウをルナは必死に止めようとしたが、そもそもコウがこんな真似を始めたのはルナが理由である。だが、彼の気持ちを知らないルナはコウに告げた。



「いい加減にしてよ!!コウはなんだよ!?」

「えっ……」

「あっ……ご、ごめん」



ルナの口ぶりにコウは衝撃を受けた表情を受け、そんな彼の顔を見てルナは気まずそうな表情を浮かべた。今更ながらにコウは先ほど熊を一撃で殺したルナの事を思い出し、この一年の間に彼女は変わってしまった。


一年前の彼女はただの女の子だったが、いったい何があったのか今の彼女は熊を簡単に殺す程の力を手にしていた。たった一年でルナはコウとは比べ物にならない「武力」を手にしていた。それは彼女が「勇者」だからこそここまで急成長したというのはコウも何となく察してしまう。



「さっきの、凄かったな……あれが勇者の力か?」

「うん……この一年の間に僕も強くなったんだよ」

「さっき、魔物がどうとか言ってたけど……まさか、お前本当に魔物を倒したのか?」

「そうだよ」



魔物とは人間を含めた動物とは全く異なる進化を果たした生物であり、その力は普通の動物とは計り知れない。魔物が生息する地域は「危険区域ダンジョン」と呼ばれ、勇者であるルナは既に何度も危険区域に赴いて魔物を倒した事を語る。



「覚えてる?子供の頃に読んだ絵本……魔物がたくさん出てくる話もあったでしょ?」

「あ、ああ……そういえばそんなのもあったな」

「本物の魔物は絵本に出てくるような魔物よりもずっと怖くて恐ろしい生き物なんだよ。それこそこんな熊よりも大きくて強い魔物もたくさんいる。僕はそんな魔物と戦えるぐらいに強くなったんだよ」

「……そうなのか」



コウはルナが自分の想像以上に強くなっている事を知り、何とも言えない気持ちを抱く。彼女と会うためにコウだってこの一年の間は身体を鍛え、狩猟の腕を磨こうと努力し続けた。しかし、ルナはそんなコウを置いてどんどんと成長していく。


今の彼女はもう子供の頃のように暗い森の中を歩くだけで怖がる少女ではない。肉体だけではなく、精神的にも成長したルナはコウの知っているルナではなくなりつつあった。



「どうしてコウがそんなに無茶をする理由は分からないけど、もしもそれが僕のためだったとしたら……もういいんだよ」

「いいって、なんだよ……」

「コウは強くならなくていいよ。だって、僕は勇者なんだよ?困っている人を救うのが僕の仕事なんだよ。だから……僕はもう行かないと」

「ルナ!?」



ルナはコウに背中を向けると、彼女が立ち去ろうとしているのを知ってコウは止めようとした。しかし、そんなコウに対してルナは困ったような寂しそうな表情を浮かべて振り返る。



「本当はここへ来るのは禁止されていたんだけど、どうしてもコウの顔が見たくて来ちゃったんだ。でも、そろそろ帰らないと……」

「待てよ!!それってどういう……うわっ!?」

「さよなら、コウ……もう無茶はしたら駄目だよ」



別れの言葉を告げた瞬間、ルナの周囲に風が渦巻いてコウは近づく事ができなかった。先ほども熊に襲われかけた時に突風が発生したが、どうやらルナが風を操っている事が判明した。


コウは強風に吹き飛ばされそうになりながらもルナに手を伸ばすが、彼女はコウに背中を向けて伸ばされた手に気付いてすらいなかった。彼女が跳躍すると竜巻のように渦巻いていた風に乗って空へ浮上する。




「ルナ!!待てよ、行くなぁああああっ!!」




空に飛び上がったルナにコウは叫び声を上げたが、竜巻を纏った彼女に声は届いていないのか目にも止まらぬ速さで立ち去った。残されたコウは呆然と空を見上げる事しかできず、そして彼は死んだ熊の死骸を見て呟く。



「……ちくしょう!!」



熊の死骸の前でコウは自分の無力さに嫌気を差し、会いたかったはずの幼馴染と出会えたにも関わらずに彼は悔しくて仕方なかった――

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