第52話 モブとプライド

>> ロー


暇だ。


何もしてない訳ではない。

ダンジョンに潜ったり、魔物を狩ったり。

家具や野営道具を増やしたり、修練に精を出してみたり。

そう、何もしていない訳ではないのだが。


「レムス国への書簡に対する返事が来ました」


「……やはり良い返事は頂けませんか……」


「ラモラ国からは、虚偽の流布による責任を問う声が」


「ラモラ国は、別ルートからの調査で、既に魔族が中心部に入っているという予測ができています。今回の動きを見る限り、事実でしょうね」


何故か俺の買った屋敷は、エステルちゃんも住み着き。

そこまでは予想できたのだが。

何故か広間が、魔王軍に対抗する為の司令室と化している。

いや、エドラちゃんの屋敷があるよね?

あそこに、普通に司令室あるよね。


別に何かをしろとは言われないのだが。

俺以外の全員が、忙しく魔王対策で奔走しているので、意味のない焦りを感じる。

実際、何もできないので、何もしないのは正しいのだけど。


「……やはり厳しいですね。マリンさんと合流できれば、だいぶ楽になるのですが」


「マリンちゃんがどうかしたのか?」


「はい。マリンさんは、裏社会をまとめるボス。今は王都に残って暗躍していますが……王都に残るのは危険ですし、純粋に、ファムディアでも必要な人材でもあります。できれば、手勢を連れてファムディアに移動して欲しいところです」


「手紙でも送るか……」


「難しいですね。魔王に渡っては面倒な事になりますし、向こうから信用して接触してくる様な人物でないと厳しいですし」


「私が行きましょうか?」


「エステルさんでは無理ですね。王都の探知結界は相当な密度のようです。魔王に見つかってしまいます」


うん。

俺に行けと言われている気がする。


「俺が行けば良いんだな」


「ローさんでは無理ですね。盗賊技能は苦手そうですし、弱すぎますし、王を危険に晒す訳にもいきません」


「失礼過ぎるだろ!?」


行けと言われてなかった!?


「……ビルギットさん。ご主人様を危険に晒すのは勿論反対ですが、ご主人様の盗賊技能は相当高いですよ……?魔力が少ないから魔力探知にもかからないですし。マリンさんの方から接触してくるという条件にも合いますしね」


「……ではこうしましょうか。ローさんは今日、私が入浴している時に、覗きに来て下さい。そして、私の身体にある痣の場所と形、それを報告して下さい」


「いや、ビルギットちゃんにわざわざ試される言われもないかな。俺の技能が信用できないなら、別にそれで良いさ。そこまで自分の能力に自負もないしな」


「……逃げましたね」


ビルギットちゃんが呆れたような声を出す。

いや、その気になれば容易いが……なんでわざわざ風呂を覗かなければならんのだ。

ゴルファじゃあるまいし。


「あの……ご主人様。ビルギットさんは、右の胸に、星型の痣がありますわ」


「教えてくれなくて良い。興味ない」


「エステルさん!?何故教えるのですか!試験にならないじゃないですか……では、エステルさんの痣の場所も!」


「え、鼠径部の痣の事であれば、何度も見せてますよ」


「嫁入り前の娘が何をしているんですかああああああああ!!!」


そういえば、その時に、ビルギットちゃんの胸の痣も聞いた事がある気がする。

王家の血族の証だっけな。

ビルギットちゃんとサンドラはそれなりに濃く、エステルちゃんは大分薄いとか。


「……ともかく。私は、妖精魔法で、周囲を常に警戒しています。王都に忍び込むのは、その警戒をくぐり抜けるよりも難しい。そう理解して下さい」


警戒ねえ。


「この前、ビルギットちゃん、山盛りのケーキを食べてたよな。あの時も何か警戒の魔法か何かやっている気がしたけれど。俺が見ていたのは気付いていたのか?」


「……あ、あれを見ていたのですか……?」


ビルギットちゃんが、目を見開く。


「……ビルギットさん。医者から甘い物控えるように言われてませんでしたか?」


エステルちゃんが、半眼で問う。


「……ファムディアのスイーツが美味しすぎるのがいけないんです……」


ビルギットちゃんが項垂れる。

やはり気付いていなかったか。

というか、妖精魔法とやらで周囲を警戒して、やる事がケーキ暴食か。

いや、若干ふくよかなのも健康的で可愛いと思うがな。


まあ。


「マリンちゃんも危険なんだろ?良いよ。行ってやるよ」


一応、単独の潜入だけであれば、それなりに自信はある。

頑張ればエステルちゃんも隠せる気はするが。

まあ、危ない橋を渡る事はない。


「ご主人様……大丈夫だとは思いますが、いざという時にはこれを。特殊な魔力波を発生させます。感知して、全速力でお救い申し上げます」


「魔力波も遮られるでしょうし、空間転移も妨害されていますよ」


エステルちゃんに、ビルギットちゃんがツッコミをいれる。

やっぱり危険な場所なんだな。


「大丈夫だよ。ちょっと行ってくる」


少しくらい活躍しておけば、俺の焦りも解消されるというもの。

モブにだって……男の、年長者のプライドはある。

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