第48話 勇者と終わりの始まり
>> ゴルファ
「落ち着け、ゴルファ」
「分かっている」
ローの言葉に、語気を強めて言い返す。
が、平静ではいられない。
俺の子供。
今、エドラちゃんが……
ちなみに、この世界では立会出産の概念はないようだ。
少なくとも、貴族には。
前世を含め、初めての経験。
平静ではいられない。
嬉しいか、嬉しくないか、と言われれば、嬉しい。
が。
頭にもやがかかったような、言いようのない何か。
未経験の感覚。
控室には、エステルちゃんに……サーラちゃん。
王都で、うちの領地の商品を大量に扱う、超お得意様だ。
エドラちゃんの親友らしい。
「まさか、ゴルファに先を越されるとはな……」
「いや、ローよ。お前、エステルちゃんとはどうなんだ?」
「エステルちゃんはまだ学生だしなあ……大学にも行くと言っているしな」
「学生結婚でも良いと思うがな」
ちなみに、王都では王立アカデミーくらいしかないが。
うちの領地には、小学校、中学校、高等学校、大学を作った。
義務教育ではないし、そもそも定員も人口を賄えるようなものではないが。
まあ、モデルケースだ。
エステルちゃんも、うちの領地の高等学校に転校予定だ。
サーラちゃんは、エドラちゃんがアカデミーを辞めたタイミングで辞めている。
大学を作ったは良いが、入学する人いるのか、という問題が有る。
基本的に、王都にいる人ではなく、うちの領民が対象だしな。
うちの領民は日々増えていっているが。
「……私的には、ご主人様にお仕えした日から、この身も心も捧げているつもりなのですが……対等の関係とも思ってませんので、妻という立場はおこがましいとは思いますが」
エステルちゃんが口を挟む。
「そうは言っても……予言の事もあるしなあ」
「予言?」
ローから出た、何気ないワード。
何だろう。
すごく気になる気がする。
「……私がゴルファさんの……ってやつですよね。でも、今日でどちらにせよ崩れるから良いのではないでしょうか?ゴルファさんの最初の子供は、エドラさんから産まれる訳ですよね」
……え。
何だろう。
この不安感は。
悪寒が、全身を支配する。
「そうだなあ……確かに、1つの契機かも知れないな……」
ローが呟く。
そう。
それはただの雑談の筈で……
瞬間。
世界から、音が消えた。
いや。
周囲の雑談の声。
椅子のきしみ。
人が歩く音。
そういった音は聞こえるが。
世界の秘密。
精霊の声。
多種多様な力の流れ。
そういったものが、一切感じられなくなった。
扉の向こうから、鳴き声が聞こえる。
産まれたのだろう。
だが……
「どうされました?」
エステルちゃんが小首を傾げ。
ローが何かを言わんばかりに──心の中で喋ってるのだろうが──俺を見る。
背筋を、汗が流れ落ちる。
「力が……消えた」
俺は、力無く呟いた。
不意に、気付いた。
達成すべき、課題だったのだ。
何故気づかなかったのか。
予言じゃない。
神から預けられた言葉、だったのだ。
それを守らなかったから、力を失った。
魔王を倒すのにオーバースペックの能力。
その理由は、預言を遵守しなければならないという制約。
「すまない。俺は……もう、勇者じゃない。俺は、神の示した預言を守らなかった」
ロー、エステルちゃん、サーラちゃん。
顔から、血の気が引いている。
当然だ。
勇者無しで、魔王と戦わなければいけないのだから。
分娩室からは、喜びの声と、元気な泣き声。
隠す訳にもいかない。
扉へと、近づく足音。
その音は、永遠にも感じられた。
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