第46話 氷女神とアヒージョ
>> エステル
「……本当に変わったな」
サンドラ様が、唖然として呟きます。
ファムディア領の端の街、アクロディア。
王都からの観光客、買い物客で賑わい、急成長を遂げています。
何というか……異様な光景です。
10階を超える建物が立ち並び、道は全て平らに石が敷き詰められ、馬車がひっきりなしに行き交い……
道の端には川が流れ……なお、地面の下にも水路があるそうです。
多分、外国の人が見たら、こちらが王都と答えるでしょう。
これでも、ファムディアの首都よりは、控え目なのですが……そちらを見た事がなければ、十分に鳥肌が立ちます。
課題ポイントを稼ぐ意味も込め。
久々のダンジョン遠征です。
いつものように、ファムディア領に。
以前に来たときは、諸々の事件の前だったので、田舎の街といった様子でした。
支援も行き届かず、かなり寂れていました。
「本当にすごいな、エドラは」
「私は天才だから」
エドラさんが胸を張ります。
実際には勇者様のアイデアと資金のお陰なのですが、勇者様自身がその喧伝を望まれないので、エドラさんの功績と言う事になっています。
淀みなく言い切るエドラさんはすごい。
流石に嘘の感知はできますが、純粋な態度から見抜くのは困難です。
「とりあえずお茶にしませんか?」
サーラさんの提案。
「そうだな……酒場に……」
「いえ、そこの喫茶店にしましょう」
「喫茶店……?」
サンドラ様が小首を傾げます。
勇者様の故郷にあったお店だそうで。
お酒の提供より、紅茶やコーヒーをメインに、ケーキや軽食を提供するお店です。
私もすっかり気に入ってます。
休日に、時々ご主人様と利用しに来ています。
……王都にもあれば良いのですが。
残念ながら、ここで生活している人が、王都で店を開くことはないんですよね。
その逆は日常茶飯事なのですが。
「むむ……なんだ、これは!美味い、美味すぎる……なぜ、これが王都にないんだ!」
サンドラ様が唸ります。
「ファムディアでの生活を経験すると、王都には住めないですからね。仕方がないかと思います……王都は、また税金が増えましたし」
サーラさんが苦笑い。
「……ファムディアは魔物の襲撃と隣り合わせ、王都の方が命の無事が保証されていたのだが……どうも最近はな」
サンドラ様が唸ります。
冒険者の大半がファムディアに移住。
また、各街の兵士も練度と士気が高く。
かなり安全になりました。
……しかも、ファムディア大森林のダンジョンマスターと協定を結んだそうです。
なんでも、そのうちの1人は、たまたま勇者様と同郷の異世界転生者だったらしく。
もう1人も、純粋に快適な街が気に入ったようで。
神話級の魔物に襲われるリスクが激減したらしいです。
近く、この状況を是正する為、ファムディア領からの徴収を大幅に見直すとか。
そんな計画も上がっているようです。
一度定めた税を変更するのは、なかなか無茶な話なのですが。
しかも約束した支援を一切していないので。
順調にダンジョン攻略の計画を立て。
準備を済ませ。
ダンジョンへと向かいます。
--
>> エステル
「……人が多いな」
「はい。かなり人が増えましたね」
サンドラ様の呟きに、頷く。
「王都からまだ近いから、冒険者にとって都合が良いという事だな。下手したら、メセッソ大迷宮より人気かも知れないな」
「ははは……」
実はこのダンジョンは人気で言えば下から数えたほうが早いのですが。
黙っておきますね。
ちなみに、神話級ダンジョンへの侵入も、別に禁止はされていません。
が、侵入者に対する保護の協定はない為、普通に殺されます。
エドラさんと勇者様、そしてダンジョンマスターさん案内のもと、観光した事はありますが。
「魔物溜まりも少ないし……稼ぎが落ちているな。その分、安全性は高まっているが」
「人が多いですからね」
サンドラ様とエドラさんが前衛として敵を倒し。
私とサーラさんは支援にまわる。
ビルギット姫は、前衛と中衛をうろちょろ。
「……安全地帯の密度が異様だな。観光地じゃないんだぞ」
「低階層の安全地帯は混みますからね。もう少し下層に行きますか?」
「いや、ここで良い。露店の料理も気になるしな」
そう。
人が多い低階層の安全地帯では、露店を開く商人がいます。
割高ですが、結構人気です。
「怪我された方はいませんかー?お手頃価格で治療させて頂きますよー」
「ほう、治療師もいるのか」
サンドラ様が感心する。
あの人は……たしか、神話級ダンジョンの幹部さんですよね。
お小遣い稼ぎでしょうか。
「助けて下さい!サリアが、サリアが!」
「はいはい。重症者は100万クレジット、死者は10億クレジットですよー」
「死者が助かるんですか!?」
さっそく冒険者が利用している。
蘇生が可能なのでしょうか……
「……なんか不可解なやり取りを見た気がするんだが。というか、クレジットって何だ」
「領内でだけ使える、交換札ですね。通貨と交換可能な他、その札自身をやり取りして取引できます。大量の硬貨を持ち歩く必要がないので、便利なんですよ」
「……地方領主に通貨の発行の許可など無いはずだが……」
「通貨じゃない。ただの通貨と交換可能な魔法札」
サンドラ様の呻きを、エドラさんが否定する。
正直、結構グレーだと思います。
「では、テントを建てますね」
「ん。私は、焚き火台組み立てる」
「エステル様、冷凍の海鮮出して貰えますか?アヒージョしますね」
「待て待て待て待て!流るように作業しているところ悪いが、知らない単語と道具のオンパレードなんだが!」
私、エドラさん、サーラさんの準備に、サンドラ様が待ったをかける。
あー。
王都にいると、流行に乗り遅れますよね。
「日々、新しいギアが出ますからね。少し気を抜くと、浦島太郎ですよ」
「ギア??魔導具か?うらしま??」
サンドラ様が思考停止されている。
今のうちに準備を進めましょう。
……下手に勇者様の存在に気付かれても困りますし。
「……美味い!何だ、この味付けは。というか、何故内陸のダンジョンで、海鮮持ってきてるんだ??」
アヒージョが食べたかったからです。
ダンジョンで食べるアヒージョって、どうしてこんなに美味しいのでしょうか?
ちなみに、露店で冷凍の海鮮や肉も売ってます。
洞窟内に色々な匂いが充満して凄い事に。
「……このダンジョンは、ずっとこんな感じなのか?観光地みたいだな」
「いえ、露店があるのは最初の安全地帯だけですね。まあ、この後も何階層かは、同じ様に、キャンプ気分の方が多いと思います」
「随分変わったな……このダンジョンには何回か来たが、それなりに歯ごたえがあった筈だが……」
「奥に行けば、普通に危険なダンジョンですよ。ただ、冒険者の質も上がっているので、そこそこ下層に行ってもPTには出会いますね」
結局。
10階層まで降りたあたりで、タイムアップ。
サーラさんやエドラさんは、そう長くは休暇を取れません。
帰途につきました。
結局、街を観光して、安全地帯でキャンプして。
それで終わってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます