第38話 暗殺者と暗転
>> エドラ
朝。
広い部屋。
今まで2人で使っていた部屋が、1人で使うようになったのだ。
当然、広い。
……2人で使っていた頃の方が、整理整頓されて、広く使えていた気もするのだけど。
暗殺者たるもの、朝は早い。
急いで支度をすれば、遅刻はしない。
朝食は……残念ながらなしかな。
急いで身だしなみを整えると、寮から飛び出す。
昨日は、大変だった。
マリンさんの死。
私には分かる。
あれは……殺人。
この国の貴族は、腐っている。
……私も、その貴族なのだけど。
お父様は、人格面ではマシな方だと思う……だよね?
ただ、統治能力が残念なだけで……
お父様が失脚すれば、間違いなく領民は不幸になる。
管理もそこそこに、税金だけ巻き上げ、更にはもっと酷い事をするとも聞くし。
……私自身も、弄ばれて棄てられるだろう。
いくら、王族派の貴族の娘や、王族と親しくても。
その未来は変わらないと思う。
「おはよ」
「おはようございます」
教室で、親友のサーラと挨拶をかわし。
……そして、昨日ショックで休んでおられた、エステル様。
そちらを伺い……あれ。
普通だ。
ここ数日、凍てつかせた空気を纏っていたけれど。
今日は、その気配がない。
……逆に不気味だ。
「エドラさん〜」
ビルギット姫。
「おはようございます、ビルギット姫」
「エドラさん、大変な事になっておられますね。大丈夫でしょうかぁ?」
え。
私が?
「どういう事でしょうか?」
「ん。エドラ様、聞いてない……んですね。恐らく、心配かけさせない為だとは思いますが」
何があったのだろう?
「エドラ様の領地、ファムディア地方で、大規模なモンスターパレードが起きたそうです」
「ちょ……」
初耳ですけど!
……大丈夫かな……
「しかも、2つもです」
ビルギット姫の補足。
2つ!?
「あの……その……」
学園で授業を受けている場合じゃない!
私は、領地では上位の戦闘能力。
私がいるかどうかで、攻略難易度が変わってくる筈。
「ごめんなさい。本来は、王都から兵を派遣すべきなのですが……アレクサンダー様の統治能力の判断材料にすると、シーザー様が仰っていて……迂闊に兵を動かして、口実を作る訳にいかないんです」
ビルギット姫が、申し訳なさそうに言う。
「……あのハゲ、そんな事を言ったのか……」
サンドラ様が、口汚く罵ります。
あなたの父親ですよ。
「私も手を貸したいですが……週末に個人的に、運動を兼ねて足を伸ばすくらいは大丈夫でしょうか……」
エステル様が、困った様に言う。
「この中で、表立って動けるのは、王家派ではない私とサーラさんだけですね」
「……恐れながら、ビルギット姫は王家派と見なされると思います……また王様に怒られますよ」
サーラさんが、おずおずと言う。
……エステル様のお父様が、エステル様にダダ甘な関係上、エステル様の立ち位置は最近中立よりだったりします。
サンドラ様の父親は、王家派の筆頭。
ビルギット姫の父親である王様なんて、御本人。
一方、王家派で重要な役割を果たしていたラスムスさんが、中立派に鞍替えしたので、王家派もちょっと揺れていたりします。
上位貴族の、マリンさんの父親、オースディル家も、一騒動ありましたし。
「……ともかく、私は、お父様の手伝いに行きます」
連絡が来なかったのは、来るな、という事なのだろうけど。
暗殺者である自分が役立つ場面は、きっとある。
「今から行かれるのですか?であれば、私と……ご主人様にもお願いしようかな」
エステル様が乗り気です。
「……エステル様……よろしいのでしょうか?」
「はい、私達、親友じゃないですか」
天使がいる。
「それでは、私も一緒に……いえ、私は、ラスムスさんにお願いして、傭兵団を動かさせて貰いますね」
「サーラさん……ありがとうございます」
心強い。
余裕ができたら、きっと何か恩返しを。
今は……とにかく、力を借りたい。
「私も行こう」
「え、無理ですよぅ」
サンドラ様の宣言に、ビルギット姫がすぱんと切る。
サンドラ様は一騎当千、当然心強いのだけど。
その存在は、王国の剣。
動けば王家の支援と見られるし、そもそも、王都を離れるなど許されない。
エステル様の時空魔法を抜きにすれば、境界まででも高速車で3日、徒歩で10日はかかるのだ。
場所によっては、そこから更に移動になる。
「私は行きますよぅ」
「……すみません、ビルギット姫。申し訳ないのですが……」
王族が動くのは、まずい。
下手につけこまれて、お父様の立場が危うくなるのは避けたい。
……毎年、王家に税を納めていると言うのに。
本来兵を出さないのは、おかしな話なのだけど。
……これが、この国の普通なのだ。
「……え」
ビルギット姫が、呆然と呟く。
「どうされました?」
エステル様が、尋ねます。
「……アレクサンダーさんが……死亡されました」
世界から、音が消えた。
光が消えた。
「エドラ様!」
誰かに、支えられた。
多分……サーラ。
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