第37話 氷女神と献花

>> エステル


マリンさんは、今朝、死体で見つかったそうです。

花街の一角の倉庫で、火事があり。

焼死体として。


下手な事をすれば、ろくな目に合わない。

そういう警告としては、良い事例になったようです。

花街に出入りしていた学生も、引き上げた人が多いとか。


マリンさんの家は、醜聞で発言力は低下、跡継ぎの目処は消失。

とはいえ、当主も幾分は溜飲を下げたのでしょう。


「エステル……その、気を落とすな。アレは、自業自得な部分も、ある程度は、な」


「……褒められた行為でなかったのは確かですね。もっとも、それがなければ、私とマリンさんがここまで親しくなる事も、ご主人様と知り合う事もなかったので……」


「……なあ、エステル。ご主人様とはいったい……」


サンドラ様と、ご主人様を引き合わせるのは、何となくためらいます。

自分に勝たなければ、私と交際させないとか、以前言っていた事もありますし。

勇者様ならともかく、ご主人様ではサンドラ様にかないません。


授業には、身が入りませんでした。

幸い、模擬戦の相手は、勝手に自爆して氷の塊に閉じ込められたので、不戦勝になりました。

魔力の暴走って怖いですね。


事故現場に行きました。

死体は既に墓地に埋葬されたとの事でした。

葬儀もしないそうで。

むしろ国葬にしてもいいくらいだと思うのですが。


買い漁った花を献花し、帰宅。

やや遅くなりました。

ご主人様は既に献花されたのでしょうか?

一緒に行けば良かった、それに気付いたのは、帰途の事です。


帰宅。


「あー、エステルぅ、おかえりー」


「ビ……ビルギット様ぁ!?」


何故この方は、しれっと私とご主人様の愛の巣にいるんですかね!?


「ああ、おかえり、エステル……様?」


ご主人様が、小首を傾げます。


「はぃ、エステルさんはぁ、丁寧な方なのでぇ。私にも、敬称をつけるんですよぅ」


「……ビルギット様。エステル様への敬称が外れてますよ」


マリンさんが、呆れた様な声で指摘します。


「……えっと、ビルギットちゃんは庶民で、エステルは貴族で……」


「ご主人様……お願いですから、もう少し世間に興味を向けて下さいませ!私やサンドラ様はともかく……この方は、この国の第一王位継承者、現王の唯一の子で、王女様ですよ!」


……何……だと……


「マリンちゃん……?」


「……いきなり私も様づけされて。視線で口封じをされていたんです。仕方がないでしょう……」


マリンさんが、ため息と共に言う。

そもそも、ご自身で気付いて下さい!!


「……で、どうしてビルギット様が、ここにおられるのでしょうか?」


「えっとぉ、私とローさんは、親しい仲なのでぇ、遊びに来たんですよぅ」


「いや、ビルギットちゃ……殿下は、エステルに会いに来たと仰ってましたよね」


「ちゃんづけで呼んで下さい。敬語も駄目です」


「いえ、しかしですね……」


「今までの言動を不敬罪で告発しますよ」


「横暴だ!?」


「……だから、ご自身で気付いて下さいって……」


この方は、そもそも、現王の顔や名前を知っておられるのでしょうか……


「ともかく……お二人共、ご存知ですよね!ふざけている場合ではないんです!今は、あんな事があったのに……マリンさんが、殺されたんですよ!」


「「「えっ」」」


3人が、驚きの声をあげます。

いや、ビルギット姫はご存知ですし、マリンさんも同級生ですよね。


「エステルさん、落ち着いて?」


「落ち着いてられません!」


ビルギット姫が、戸惑った様な声を上げます。

今は、付き合ってられません。


「いや、マリンちゃんはここにいるだろ?」


ご主人様が、変な事を言います。



……



あれ?


「……あれ……マリンさん……?」


「はいはい、貴方の親友、マリンさんですよー」


「なんで……あれ、死体が……」


「偽装ですね。犬に命じて、死んだ事にしました。内緒にして下さいね?」


マリンさんが、いたずらっ気のある、可愛い笑顔で告げます。

というか、犬?


偽装。

父親に命を狙われているからですね……


「ローさんとは親しくしていましたし……それに、流石の私でも、親友と言って下さってた方に、無事を知らせない訳にはいきませんわ」


マリンさんが苦笑する。


「……ありがとうございます。そして、本当に無事で良かった」


目に涙が滲み、


「……あらあら、私の為に泣いてくださるなんて。氷女神と呼ばれているエステル様も、随分変わりましたね」


「氷女神、ですか?誰のことでしょうか?」


私は、時空系が得意ですし。


「それで、ビルギット姫はどうしてここに?」


「遊びに来たらぁ、マリンさんがいてぇ、驚きましたぁ」


「いえ、驚きのかけらも無かったですよね」


マリンさんが突っ込みます。

やっぱり、ビルギット姫はある意味大物だ。


ともかく。


「無事で良かったです……あとは、マリンさんを密告した方を探さないといけないですね」


「あ、それはお父様自身ですね」


マリンさんが、のほほんと言います。


「お店で、お客様として、お父様が来たんですよね。若い女の子の指定で……設定が、王立アカデミーの学生で、娘の学友という設定。アカデミーの学生だと気付かれ、脅され、避妊魔法を解除して相手するという」


「「「「うわあ」」」」


私、ご主人様、ビルギット様。

に加えて、隠れて見ている勇者様まで、思わず引いてうめき声を上げました。


「私も流石に予想外で、戸惑ったのですが……とりあえず、お金も払ってることですし、予定通りしようかと提案したのですが……激怒されちゃいました」


「「「うわ……」」」


マリンさんの父親に引くの半分、同情半分で、言葉になりません。

いや、娘を殺そうとした者に、同情はいらないのですが。


「で、家の名を汚し、アカデミーの名を貶め、花街に変に調査の手を入れられたという事で、多方面から睨まれまして」


「……敵だらけですね……」


「なので、信頼できるお客さんに手を回してもらって、盗賊ギルドのギルドマスターをおびきだし、おねだりして死を偽装して貰ったんですよ」


「……大変でしたね……」


「おねだり、ね」


ご主人様が、苦笑します。

何かあるのでしょうか。


「とりあえず。私は無事です。ただ、それは内密にお願いします」


「はい、勿論です」


私は頷きます。


……


ちら、とビルギット姫を見て、


「そのぅ、私はうっかり話してしまいそう、みたいな目で見られるのは流石に心外と言いますかぁ……」


ビルギット姫が、泣きそうな声で言う。

まあ、きっと大丈夫だろう。

この人も、きっと幾つもの秘密を抱えて生きている筈です。

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