第35話 氷女神と徒労
>> エステル
「各自、手分けして情報を集めましょう」
「分かった」
「はーぃ」
「「はい」」
みんなが頷く。
……分かっている。
私とマリンさんは親友だけど。
他の人は、マリンさんとの接点は薄い。
熱心なのは、私だけだろう。
・マリンさんが夜の仕事をしていると、どこからばれたのか?
・マリンさんは、今何処にいるのか?
・マリンさんは、これからどうするのか?
重要なのは、このあたりだ。
国外脱出をして、冒険者にでもなれば、それなりに安全に暮らせる筈だけど。
私はとりあえず……ご主人様に聞いてみよう。
ご主人様は、私よりも、マリンさんと関係が深い訳ですし。
帰宅し、挨拶もそこそこに、
「ロー様、大変です!」
「どうした?」
「マリンさんが退学になりました!」
「……ばれたのか?」
「はい……」
何故、という話にはならないですよね。
やっぱり。
「……そうか、ついにか……それで、今はどこに?」
「分かりません。今みんなで探しています」
ご主人様は考え込むと、
「昨日は確か、出勤日だった筈。俺も、最近はあの辺に足を運んでないからなぁ……家から逃げているのなら、あのあたりは隠れるのに向いている気はするが。本気で手を回されたら、むしろ暗殺してくれと言ってるようなものかも知れない」
「何者の手も回らない、国外逃亡がまだ安全ですね……」
「花街に行くだけ行ってみるか?もしかしたら、普通に出勤しているかも知れない」
「そうですね、行ってみましょう!」
やっぱり、ご主人様は頼りになります。
ついて行くのですが……
「……あの……露出がその、多くないでしょうか」
「あんなもんだろ。とは言え、露出が多い女を外に立たせている店は、中に入るとぼられる事が多い。注意した方が良いぞ」
「……私は利用しませんので」
「あの店なんかは、女性が利用する店だな」
「……客引きしているのが女性なのですが?」
「女性が女性を買う店だな」
「……あっちの店は男性が客引きしていますね」
「あれはマネージャーだな。金を積めばできるのかも知れないが」
匂いも、雰囲気も、独特です。
甘い匂い。
催淫作用とはまた違う気がしますが、何となくえっちな気持ちになってしまいそうです。
ご主人様の横だからなおさらです。
「そこのカップルの方。特別なお部屋を用意してありますよ。休憩していかれませんか?」
そんな形の営業形態もあるのですね。
いけない密会とかに使ったりするのでしょうか。
「どうしましょうか、ご主人様?」
「いや、マリンちゃんを探すんだろ?というか、ご主人様って何だ」
はっ、危ない危ない。
うっかり客引きに乗ってしまうところでした。
「マリンちゃんの店はあそこだな」
ご主人様が指す方向。
控えめな見た目の、小綺麗な建物。
「一応、この街で上位争いをする、良店だ。マリンちゃんは、その中でも上位の姫だよ」
「……優秀な方なのですね」
学術、体術、魔術も相当なものなのですが。
こういった事も得意なのですね。
「この店は、ある程度希望を伝えると、姫がその設定で演技をしてくれる。マリンちゃんが得意とするのは、アカデミーの学生だな」
「それは、演技ではないのでは……」
だよね。
ご主人様は、黒服の男性の所に向かうと、
「久しぶりだな、支配人」
「これはこれは、お元気そうでなによりです」
「少し聞きたいんだが……マリン姫は、今日は指名できるか?」
「申し訳ありません、お客様。マリン姫は、昨日、退館されました」
昨日辞めた、という事だろう。
「どうしているか、情報を持っているか?」
「申し訳ありません。例え持っていても、話す訳にはまいりません」
「そうか……」
あまり嗅ぎ回る場所でもないとの事で。
大人しく引き下がりました。
「正直、俺もマリンちゃんの事は気になるが……俺ではどうしようもない。ゴルファの奴がその気になれば、余裕だろうが……あいつに借りを作るのはぞっとしないからな」
ご主人様が、無力感を漂わせ、そう言います。
「……何か分かったら、すぐに教えますね」
「ああ、頼むよ」
それにしても、
「最近、ああいう店に行ってなかったのですか?」
「身近な花が美し過ぎてな。なかなか、他の花を買う気になれないんだよ」
……これは、ひょっとしなくても私の事なのでは。
「身近な花は、完全に熟して、食べられるのを待っていますよ?」
「俺は、一時の欲望に負けて、世界を危険に晒すつもりはない」
勇者様は許可を出しているのに……!
私は負けませんよ……!
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