第31話 豪商と決意
>> サーラ
翌日。
疲れ切った事、ベッドが快適だった事、部屋に漂う香気で、目覚めは良かった。
服を整えて部屋を出る。
部屋の外で控えていた侍従が、湯浴みの部屋へと案内する。
湯浴みを済ませ、ラスムスが待つ食卓へ。
部屋に、ラスムスと二人きり。
「もっと早く起こそうか迷ったのだがな。疲れているだろうから、寝かせておく事にした。時間もないのだろう、早く食事としよう」
朝から、何をされるかとも警戒していたけれど。
どうやら、普通に食事にありつけるらしい。
味は……素晴らしい。
パンに、卵に、サラダ、スープ。
簡素な見た目だが、素材が新鮮で……それでいて、素材の味が生きるように調理されている。
昨日の豪華な食事とは違う、作った人の技量がはっきりと分かる料理。
優しい味。
それは。
まるで、自分を歓迎しますと言われているようで……
目に、涙が溢れる。
「どうしたんだね、我が妻よ?」
ラスムスが、心配そうに尋ねる。
「私は……私は、これからどうすれば良いのでしょうか?」
ラスムスは、小首を傾げると、
「今日はアカデミーだろう?休みだとは聞いていないが」
……ん?
「あの、私がアカデミーに行って構わないのですか?」
「なぜだね?行きたくないのかね?」
それは……行きたいけれど!
「その、私を買ったからには、私にさせたい事が……」
「買うとはまた、言い方が……儂は、君が生きたい様に生きてくれたら、それで良いのだがね」
……あれ?
「ふむ、やはり誤解がありそうだの。何度も言っているつもりだったのだが……儂は、サーラちゃんの生き様、利発さ、信条……そういったものに惚れ込んでおるのだ。むろん、容姿が好みなのは否定せんがね。サーラちゃんの行き方を曲げる様な事はせんよ」
「えっと……でも」
ふと。
思い返してみる。
てっきり。
お父様への嫌がらせだと思い込んでいたけれど。
わざわざ、お父様に嫌がらせする理由もない。
そして。
言葉を素直に受け取るなら。
ラスムスが、事あるごとに、お父様の悪手を諌めたり。
私がその忠告を聞いて、お父様に進言して行為を改めさせたり。
それは。
まるで、師と弟子の関係のようで。
お父様の慈善事業にも、その行為自体を否定はしていなかった。
単純に、支援相手の自立性、採算性、自己資産に対して投資が安全な割合か、そういった事を責めていたような……
……あれ?
「儂も、見ての通り歳なのでな。事業を……そして、知識と技術を、誰かに継いでもらわなければならん。それで、サーラちゃんに協力して貰おうと思ったのだよ。もう儂も長くない。数年、儂に付き合ってくれ。そして、儂が築いた財産、事業、そして人脈……そういったものを、妻としてひきついで欲しい」
「えっと……」
「信用してくれだとか、気を許してくれだとか、そんな期待はせんよ。サーラちゃんはただ、この老いぼれから知識と技術を吸収し。踏み台としてくれれば、それで良い」
ラスムスは、ため息をつくと、
「サーラちゃんも、ヴィンセントの奴も、あまりにも未熟だからな。将来を担わせるには、不安しかない。サーラちゃんは、ヴィンセントの奴よりは、遥かに見込みがある。この国1番の豪商になるのだろう?それはほぼ、確定した未来だ。むしろ、その上を目指して羽ばたいて欲しいのだよ」
「……ラスムスさん……」
何となく、分かる。
ラスムスは……嘘は言っていない。
そして。
今の状況。
それは、あまりにも自分に都合の良い状況なのだと。
「新しい時代の、新しい風。サーラちゃんが、その一翼を担う。それが奴の思惑。この老いぼれでは、そんな大役は務まらん。だが、できる限りの助力は約束しよう。僅かな間でも、夫としてな」
私は、目を閉じると。
ややあって、目を開け、
「ラスムスさん、私に、ラスムスさんの全てを教えて下さい。至らぬ点があれば、お叱り下さい。そして……約束します。商人として、多くの人を幸せにすると」
覚悟を決める。
そして。
「それと、ラスムスさん」
「む?」
「知識と技術、そして財産や人脈、地位……それ以外のものも残して下さいね?」
「ふむ?」
「私は若く、健康なんです。確率が高い日には、ちゃんと協力して下さいね」
「……善処する」
ふと、ラスムスさんが顔を逸らす。
照れている。
ちょっと可愛いかも。
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