第29話 氷女神と破綻

>> エステル


フェンリル討伐。

その計画は建てた。

成功の確率は非現実的だけど。

何もしないで後悔するよりは良い。


そう言えば。

ご主人様に連絡するのをすっかり忘れていた。

ご飯の予定等、狂わせてしまったかも知れない。


「ローさん……」


「エステル、お疲れ様」


優しく迎え入れてくれる。


「その……連絡なく、遅くなり、申し訳ありませんでした」


「いや、構わないよ。親友の事で動転していたんだろう」


既にサーラさんの事を知ってる!?

……そうか、ご主人様は、盗賊ギルドにも繋がりがある冒険者。

流石です……!


「まあ、早く中に入れ。俺に相談したい事があるんだろう?軽くつまめるものにしたから、夕飯でも食べながら聞かせてくれ」


私達が行動を起こす事まで見越しておられる!?

ご主人様……すごすぎます!


「あ、ありがとうございます」


ご主人様は、微笑むと、


「それにしても、フェンリルかあ」


フェンリルの事まで知ってるっておかしくないですか!?

これは凄いとかいうレベルでしょうか!!


……実は、勇者様が色々街を覗いておられるのでしょうか。

それで勇者様から聞いたとか?


お風呂とか覗いてないといいなあ……


話はあっさり進みました。

お金稼ぎの手段としてのフェンリル討伐自体には、疑問があるようでしたが。

勇者様の介入や、ダンジョンマスターとの取引を視野に入れていることも、ばれている気がしました。


ともあれ。


「うん。計画自体は悪くない。初めてにしては良く計画できていると思う」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ、採点していこうか。まず、工程の予測だが──」


計画表が、朱色で埋まっていきます。

初めてにしては悪くない。

とはいえ、現実性とは程遠かったようです。

100点満点の10点といったところでしょうか……


大変勉強になる。

こんな時でなければ、至福の時間なのですが。


ふと。


「……こんな時間に……誰だ?」


ご主人様が、訝しげな声を上げます。


「この気配は……サーラさんの家の使用人ですね。主に配達任務に携わっている方です」


「なかなかの実力者だな。だが、些か礼儀を欠くな」


多分郵便配達くらいが目的で、ポストに投函して去るとは思いますが。

ご主人様程の気配察知能力者にとっては、迷惑ですね。


コンコン


「すみません、速達です」


「速達……?」


小首を傾げます。

結婚式の案内であれば、わざわざ家主に手渡す必要は無い筈だけど。

それとも、私に何か特別な事を伝えるのでしょうか?


「ありがとうございます」


手紙を受け取り。

可愛らしい封筒に入れられた手紙。


「結婚式の招待状だな。わざわざ手渡す必要は無い筈だが」


ご主人様も、訝しげな顔です。


「開けてみます……なっ」


そこには。



挨拶と、開催場所と、日程が記されていて。



その日程は、明日の朝であった。


--


>> エステル


あの後。

私は取り乱して、泣いてしまい。

ご主人様に慰めて頂きました。


計画は、破綻。

いくら何でも、反日で大金は、用意できません。


結婚式は、異様な光景でした。


新郎側の席には、ラスムスの友人達が並び。

下劣な笑顔を浮かべ、ラスムスを褒め称え。


新婦の側には、サーラさんのご家族。

その配下の商人。

そして友人席には、私達。

一様に、絶望の色が顔に浮かんでいる。

それは、サンドラ様ですら。

……訂正、ビルギット姫は、ぽやぽやしている。


美しい結婚式だった。

調度品は、超一流。

音楽は、超一流。

料理も、超一流。


沈みきった心ですら、良いと感じられるのだ。

本来であれば、どれだけ素晴らしい品なのか。


サーラさんと、ラスムスが、誓いの口づけをする。

その瞬間、サーラの目に涙が光り。


それを見た瞬間。

魂が突き刺されるのを感じた。


サンドラ様が、自らの太ももに、短剣を突き刺した。

自制の為だろう。

……エドラさんは、私が抑えている。


この日。

私達は、親友を助けられなかった。


そして。


親友は、世界が閉ざされた。

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