第28話 商人と猶予
>> サーラ
結婚式までの、数日の猶予。
私が、私でいられる、残り時間。
身を削られるような思い。
むしろ、猶予なんて無い方が良かったかも知れない。
覚悟はしていた。
自分が、恋愛結婚をできるとは思っていなかった。
ただ、自分の家を盛り立てる、盤石にする……その為の最大の武器として、結婚がある筈だった。
敗北し、この世で最も嫌う相手の、慰み者になるつもりはなかった。
学園に行ける時間も、残り少ない。
しかし……平気な顔で、学園に行く程の、強さは持ち合わせていない。
大切な親友達への招待状は、もう書いた。
あとはもう、明日にでも出す。
自分の心を決める為にも。
自分の人生に、意味がない訳ではない。
自分の大切な人達を、守れたのだから。
あの男は、約束は守るだろう。
だから、家族も、傘下の商人も、心配はいらない。
……エドラ様を助けていただけるかどうかは、私の頑張り次第だろう。
ふと。
悪寒が走る。
アレが、近づいてきている。
無意識に、警戒を張り巡らせていたせいで。
それを感知した。
アレは、私が愛する婚約者。
そうなっているのだから。
出迎えないのは、おかしい。
……お父様が追い返してしまいそうだし。
完璧ではなくても。
及第点なくらいには、身支度を整え。
部屋から出る。
「お嬢様!?」
駆け寄ってくる使用人を、手で制し、
「サーラ!」
「お父様。もうすぐ、ラスムスさんが来られます。私が出迎えますね」
「なっ!奴が……俺が出る、お前は家にいろ」
「いえ。私の大切な婚約者なのですから、私が出迎えます」
強い意思を込めて、そう告げる。
待つことしばし。
馬を駆け、ラスムスがやってくる。
「ふひひ、これはこれは、愛しのサーラちゃん。出迎えてくれたのかね?」
「勿論ですわ、ラスムスさん。さあ、上がって下さい」
ラスムスは、満足そうに笑みを浮かべると、
「なに、私も忙しいのでね。用事を済ませたらすぐに帰るよ。準備もあるしのぅ」
今から結婚式の準備だろうか。
きっと派手になるだろう。
招待客に楽しんでもらえれば幸い、かな。
「サーラちゃん。きみの部屋に入れて貰えるかな?」
私の……部屋に?
何をする気だろうか。
気持ち悪い。
でも。
断る訳にはいかない。
「勿論です、ラスムスさん。ただ、申し訳ありません。今は少々散らかっておりまして」
「構わんよ」
むしろ、私の動揺ぶりを見る事が目的だろうか。
精神的陵辱。
どこまでも……この男は……
慌てるお父様や使用人を手で制し。
ラスムスを、自室に案内する。
……さっきまで、ベッドで伏せっていたので。
脱ぎ散らかした寝間着や下着まで。
ラスムスは、部屋に入ると、ベッド私を座らせ。
そして。
「さて。ここに来た目的はだね。大きな目的は、サーラちゃんの可愛らしい顔を拝む為なのだがね」
敗北に打ちひしがれる顔を?
せめて、精一杯の笑顔を、顔に貼り付ける。
「もう一つ、耳に入れておきたい事があってね」
「……何でしょうか?」
「君の親友達……エステル様達が、フェンリル討伐を計画しているようだね」
「……は?」
思わず、間も抜けた声を出してしまう。
フェンリルって……あの、伝説の?
「フェンリルの素材を売れば、相当なお金になるだろう。それをエドラ様経由で援助されれば……儂の援助など無くとも、君の家は助かるだろう。むろん、エドラ様の家も」
「……」
そういう事か。
実家を頼らず、手伝った事もごまかしつつ、エドラ様経由で大金が渡されれば。
確かに、私を助ける事ができる……
「どうやら、神話級のダンジョンに潜るようだね」
「……無茶です」
元々、冒険の準備やサポートは、私の役目。
それもなしに……しかも、実力からかけ離れたダンジョンに。
あのダンジョンは、長年放置されている。
モンスターハウス等が各所にでき、元のランクが、更に数段上がっている可能性すらある。
タイムリミットは、結婚式までの残り日数。
その間に、行って帰ってくるなんて、不可能。
それでも……行く気なのだろう。
頬を、熱い涙が流れ。
しかし、頭の片隅で、冷静に思考は走り。
「ラスムスさん」
「何だね?」
「結婚式を、明日にして頂く事は可能でしょうか?」
「無論じゃ」
ラスムスが、満足気に頷く。
まるで、模範解答をした生徒を褒めるように。
……私がそう言い出すのを予期していたのだろう。
先程言っていた準備は、結婚式を明日開催する為。
おそらく、既に指示は出してある。
「それでは、明日よろしく頼むぞ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
立ち去るラスムスの気配を感じながら。
日付を訂正した招待状を作成する為、机へと向かった。
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