第26話 氷女神とのけもの

「私は良い……サーラにはたくさん助けてもらったから……私はもう、良い。だから、お願いします。サーラを助けて下さい。私は……また何もできないけれど」


エドラが、膝をつく。


「エドラさん……分かった。私ならまだマシな気がするから……私がお父様に掛け合います。そして、サーラの家を援助してもらいます!うん、借款という形でならきっと」


サンドラ様が、訝しげに、


「しかし……サーラの父親も馬鹿ではない。家が傾く様な無茶を、そうそうするとも思わないが」


「目をかけて色々任せていたヴァルタルが裏切ったそうですよ」


マリンさんが、サンドラ様の疑問に答える。

ヴァルタルって……


「サーラさんに恋慕していた、ヴィンセントさんの右腕ですよね?」


「実は婚約者がいたみたいですね。お金を稼いでどろんしたみたいです」


「つまり、そいつを殺れば解決……」


ぎらり


エドラさんの目が光る。


ぴしり

みしみし


近くの木に氷塊が出現、切り裂かれ、半身がゆるりと地面へ倒れる。


「そんなのただの犯罪ですよ。彼が行ったのは詐欺行為ですが、合法です。そして、彼が受け取った見返りはそこまで多くなく……むしろ協力者の商人達が合法的に取得したお金が大半。取り返すのは難しいでしょうね」


淡々とマリンさんが告げる。

……盗賊ギルドの方で一応調査、結果、シロと判断された。

そんなところだろうか。


闇討ちで憂さ晴らしにはなっても。

サーラさんを助ける事はできない。


「やはり……私が動きます」


みんなを見回すと、そう告げた。


--


>> サーラ


「ありがとうございます……でも、大丈夫です。私がラスムスさんと結婚すれば、全てが丸く収まりますから」


サーラさんが、嬉しそうな、悲しそうな、表情でそう告げた。


「あと……心配して下さったのは、天にも上る気持ちなのですが……少し手加減して頂けると」


困惑した様に、サーラさんが告げる。

私、ビルギット姫、サンドラ様、エドラさん。

4人で押しかけたので、家に入る時に少しどたばたがあった。

私とエドラさんだけならともかく、ビルギット姫とサンドラ様がいたら大事ですよね。


「エステル様の申し出を断るのは、私のせい?」


エドラさんの問いに、


「……そう、ですね。エドラ様の家は、微妙な状況ですから」


「なら、もう良い。私の家はもう……」


「エドラ様……」


サーラさんは、深刻な表情になり、


「上に立つ者として、為すべき事があります。エドラ様の家が失脚すれば……エドラ様の生活も、エドラ様のご家族の生活も、破綻するでしょう。でも、それだけではないですよ?」


じっと、エドラさんを見つめ、


「ビルギット姫の前でこんな事を申し上げるのは、無礼なのですが……正直、王家派のやり方は、褒められたものではありません。エドラ様の家臣はおろか……各街の行政官……更には、一般市民まで。今までの生活をできる保証は無いんです。それらは全て、エドラ様の肩にかかっているのですよ」


「サーラ……」


「私も同じです。自分の家を守ることに専念しては……私の家についてきてくれていた、たくさんの人が露頭に迷うんです。だから……馬鹿な男の娘が1人犠牲になれば……それが一番、丸く収まるのですよ」


覚悟を決めた者の目。

背負う者の目。


「サーラさん……貴方の覚悟は分かりました」


そうであれば……仕方がない。


「その……こんな事になりましたが、今まで良くして下さって、ありがとうございました。結婚式には、いらして下さい。……おねだりして、美味しい料理を用意して貰います」


目に光るものを浮かべつつ。

サーラさんは、笑顔でそう告げた。


--


>> エステル


「フェンリルを狩りましょう」


帰り道。

私はそう切り出した。


「うむ。それしかないな」


「フェンリル、ですか?」

「おもしろそー」


サンドラ様が頷いたけれど。

エドラさんは、小首を傾げる。

ビルギット姫は良くわからない。


「お父様に頼るから、王家勢力の助力と取られるのです。個人の努力の範囲で稼ぎ、そのお金をエドラさん経由で渡せば、問題有りません」


「……それは……そうかも」


エドラさんの最大の支援基盤が、サーラさんの家。

そのエドラさんの家が危機であれば、エドラさんが骨を折るのは、不思議ではない。


「フェンリルを倒すことができれば……その素材は、どれも、値がつけられない程の高額になるでしょう。それがあれば、サーラさんのお父様の借金も返せる筈」


「次はフェンリル討伐ですね、楽しみですぅー」


「……ビルギット姫は今回外れてもらう。流石に、私達が糸を引いているとばれるのは必然。その時、ビルギット姫が混じっていては、言い訳がつかん」


「私だけのけもの!?」


だから、貴方王家筆頭、というか王家そのものですから。

サンドラ様も、かなりぎりぎりだけど……サンドラ様無しで、フェンリル討伐なんて不可能。


「……でも、危険があまりにも大きい。今回はサーラがいない。正直、私は……」


エドラさんが、情けなさそうに言う。

普段は、冒険の支援は、サーラに任せ切りだ。

本来は暗殺者であるエドラさんの得意分野だが。

エドラさんは暗殺者系の技能が軒並み不得意だ。


「大丈夫です。ご主人様にお願いしてみます」


ご主人様であれば、冒険支援のプロ。

危なげなく、フェンリルのもとへたどり着けるはず。

……こっそり、勇者様のご助力も得られるとか打算するのは卑怯でしょうか。

実際の成功率は、100%に近い筈。

勿論、勇者様の事を口外する訳にはいかないけれど。


「ご主人様?」


サンドラ様が、何故か訝しげに問う。


「はい。私のご主人様と言えば、1人しかいないですよ?」


そんな、この世が創造された時から定められた常識を、今更説明する必要はない。


「あー、面白そう、ずるいー!」


ビルギット姫が騒ぐ。


「ビルギット姫には、また今度紹介します。ですので、今回は……」


頭を下げる。


ぷくう


ビルギット姫が、頬を膨らます。

この方は……今はサーラが大変な時なのに……


「分かりました。今回は諦めますぅ!」


そう言うと、しぶしぶと立ち去る。


さて……


「ご主人様には、今晩相談します。先に、計画を詰めておきましょう」


あの森には、フェンリルの存在を感じる。

見当はついている。

おそらく、神話級ダンジョンの、ダンジョン幹部。

それを倒す事で、何が起きるか分からないけれど。


……いや。

良い勝負に持ち込めば、何らかの取引ができるかも知れない。

人間にとっての莫大な財産なんて、彼らには些事。

宝石や、魔道具、そんな物を譲ってもらえれば……


幾つかの打算はあるけれど。

表面的な計画としては、シンプル。

ダンジョンの最奥を目指し、フェンリルを倒し、素材を手に入れる。


計画日数――勿論、結婚式には間に合わないと意味がない――、必要な食料、持ち運ぶ方法、その他備品……全てサーラさん頼りだったけど……一応、ご主人様にもチェックしてもらおう……

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