第24話 商人と屈服

>> サーラ


「また……派手に壊れましたね」


「うん……」


この地域は呪われているのだろうか?


ファムディア地方の端に位置する、3つ目に大きな街、イズディア。

集中豪雨のせいで、酷い被害が出た。

それで様子を見に来たのだけど。


「まさか魔王はここに復活……」


「「「「え」」」」


エステル様の何気ない呟きに、みんなが声を上げる。


「あ、違うんです。その、魔王が復活する訳ではないと言いますか……大丈夫と言いますか……大丈夫です」


「復活してもらっては困ります。お祖父様が倒されてから、まだ60年しか経っていないのですから」


ビルギット姫が、半眼で告げる。

魔王の復活は、早くて100年。

少なくとも、あと40年は大丈夫。


その間に、世界の復興と発展を済ませなければならない。

20年後には、勇者を受け入れる準備を始め……

同時に、各地で勇者を探す儀式も本格的に始まる。


「冬を越すためには、移住も考えないといけないかな……」


どんよりした声音で、エドラ様が言う。

壊れた家屋を修理したり、公共施設を修理したり……そうした事には、お金が必要だ。

が、相次ぐ災害で貯蓄は枯渇。


お父様の援助も……今は望めない。

今進めている事業が終われば、大きな収入が入る筈だけど。

それに資金を回しているので、この地方に投資する余力がない。

今まで投資した箇所も、運悪く天災で破壊され、資金の回収もできていないし……


この街の人口は多い。

この壊れた街にこのまま住み続ける事は難しい。


「私やエステルは下手に動けないからな……」


王家側であるサンドラ様とエステル様は、エドラ様の家に援助する訳にはいかない。


「それじゃあ、私がお父様にお願いしてみましょうかぁ?」


「お願いですからやめて下さい」


ビルギット姫の提案に、エドラ様が伏して頼み込む。

王様が動くと、確実にエドラ様の家が取り潰される……


「私に力があれば、魔獣を狩って、お金を得られるのに」


エドラ様が口惜しそうに呟く。

強力な魔獣の素材は、高く売れる。

領地運営の予算を稼ごうと思えば、かなり苦労はするけれど。

それでも、かなり現実的な額の収入は得られる。

何せ、ファムディア地方は、何故か強力な魔物が多いのだから。


狩りに、サンドラ様達の助力を得ることはできない。

狩った獲物をエドラ様が貰えば、やはり援助となるから。

私とエドラ様のペアでの狩りなら、ぎりぎりセーフですが。


今進めている事業は、そろそろ結果が出る筈。

軌道に乗るまではもう少しかかるけど。

そうすれば……


--


>> サーラ


「事業に……失敗……?」


そんな、まさか。

喉が……乾ききる。


「すまない」


父が、深々と頭を下げる。


「……でも失敗したからと言って……なぜこんなに資金がなくなっているのでしょうか」


「……ヴァルタルが……裏切ったんだ。他の商人から借金をする形で事業を進めたらしい」


「……お父様の許可なしに、そんな事できない筈ですが……」


「すまない……巧妙に紛れ込まされた書類に……私がサインを」


……何てこと。

このままでは……


「幾つかの事業を手放して……家財を売って……それでも……」


お父様が、頭を抱える。


目の前が真っ暗になる。

即座に皆を切り捨てれば、何とか暮らしていけるだけの余力は残せる。

だが……


切り捨てられた者は、家族ともども、露頭に迷うだろう。

人情家としての父の名も、地に落ちる。

再起は不可能だ。


かといって、傘下の商人達のダメージを少なくしようとすれば。

返済不可能な、膨大な借金が残る。


「お父様……」


どうすれば……


その時。


「旦那様!」


使用人が、慌てた顔で、駆け込んできた。


「どうした?」


青い顔を、しかし、少し平静に戻して、お父様が応じる。


「ラスムス殿が……大事な話があると仰って……訪問を」


「……ラスムス殿が?……いつもの、お叱りかな……もう手遅れだが」


お父様が手酷い失敗をした後等に。

ラスムスが訪れる事がある。

そして、何が悪かったか、どうすれば良かったか。

そんな授業をして帰っていく。


……いちいち勉強になるのが、腹立たしい。


「通してくれ」


どうせなら、今どうすれば良いか。

そのアドバイスをくれれば……


そんなの、甘い考えだ。


ややあって。


ゆったりと、ラスムスが入ってきた。


「ふぉふぉふぉ。しょぼくれておるのぅ、ヴィンセントよ」


「返す言葉はないよ」


去勢を張る気力すら無い。

お父様が、項垂れる。


「して、サーラちゃんや。今日も美しいのう」


「そうですか?」


将来が閉ざされた衝撃に加え。

不快な人物の来訪で、もはや息をするのも辛いくらい、顔が青くなっている自覚がある。


「今日の用事は他でもない……サーラちゃんや、今一度、君に求婚しよう。受けてくれるな?」


「「なっ」」


てっきり、お父様をからかいにきたのかと思ったら。

こんな時に、そんなふざけた……


「おっと。良く考えて返事する事だ。私が親戚を見捨てると思うかね?」


「!!」


息を飲む。


この男は……こう言っているのか。

私がこの男に身を捧げれば……この状況を助けてやると。


そんなの当然断るに……


怒りに身を震わせるお父様を見て。

……


そして、使用人や。

配下の商人を見て。


そう。

私の身だけの問題ではない。

お父様や、お母様、妹……家族だけの問題ではない。

使用人、配下の商人、その取引相手。

たくさんの人が……私の返答で、その運命が決まるのだ。


そんなの……



「分かりました」



魂が血を流すのを感じる。



汗が全身から噴き出す。



「サーラ!?」


お父様が怒鳴る。


「そんな事は許さない!出てい――」


「お父様!」


そんなお父様を、叱責する。


「それで……何をすればよろしいでしょうか?」


押し殺した声で、答える。


「まずは良い返事が聞けて、今日のところは良い。流石、聡明な判断だね。結婚の日取りは、希望の日にしてやろう。いつが良いかね?」


「……半月後の、ヴィーナスの祝祭日。その日で宜しいでしょうか?」


「支払いの期日より前で、かつ、結婚式をするのに相応しい日付を選ぶとは。やはりサーラちゃんは優秀だ。無論、問題ない。準備は以前から進めていたからね」


まさか、今回の失敗も、この男が……


いや。

恐らくだけど、違う。


単純に、事業計画に無理があったのと……あの男を信用したお父様と私の判断ミス……


「ヴィンセント。君の娘は良い娘だね。今回の事業の損失の件は、一切心配しなくて良い。安心したまえ」


お父様の肩を、軽く叩くと、


「それでは、愛しのサーラちゃん。また来るよ」


そう告げると、ラスムスはゆったりと帰って行った。


目の前は、真っ暗なまま。

だが。

別の意味で私の人生は閉ざされたけれど。

家族は、仲間は、助けられた。



だから。



状況はきっと、ましになったのだ。



私はそう、自分に告げた。

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