第21話 商人と暗殺者
>> サーラ
「今日のエステル様、変じゃなかったでしょうか……いえ、悪いことではなく、むしろ自然な印象は受けたのですが……」
「ん、そうだね」
寮の自室で。
同室のエドラ様の髪をとかしつつ、気になっていた話題を出す。
「サンドラ様に聞いたのだけど……あれが本来のエステル様らしいよ?もともとは笑顔が素敵で、誰にでもお優しい方だったとか」
「あの事件の影響ですか……」
あの事件。
エステル様は、幼少期、誘拐されて、数ヶ月監禁され。
それ以来、性格が変わってしまったと聞いた事はある。
庶民にとっては、エステル様は遠い存在であり。
私が知っているのは入学以降。
今の、いえ、今までのエステル様だけだったのだけど。
「エドラ様は、以前のエステル様をご存知ですか?」
「私もサーラとあまり変わらないよ。私は貴族と言っても、崖っぷちだし……序列2位の貴族の唯一の子息であるエステル様との繋がりなんて……せいぜい、夜会で遠くからお見かけした程度しか」
エドラ様の実家は、取り潰しの瀬戸際だ。
もとはそれなりの家柄で、領地も潤っていたらしいけれど。
鉱山の枯渇、強力な魔物の増加。
何代か前にはかなり落ちぶれ。
資金も枯渇寸前。
加えて、近年の度重なる自然災害で、都市の復興もままならず。
盗賊団の取締も手が回らず。
管理力不足として、国から改善命令が出ている。
父の投資のお陰で、何とか復興を形にできているが。
十分とは言えない。
私の家の財力にも限界があるので……かなりまずい状況。
サンドラ様やエステル様としても、友人の助けになりたいそうだけど。
王家寄りであるサンドラ様やエステル様が援助されると、エドラ様の父上の管理能力が問われ、立場がより危うくなるとか。
せいぜい、遊興目的で領地の魔物を勝手に倒す、その程度しかできないそう。
「それにしても……また、ラスムスのやつ、見てたね」
「……見られてましたね」
ラスムス。
この国1位の豪商。
2位は私の父だけど……実際、その差はあまりにも大きい。
父は1代で財を築いたけれど、ラスムスの家は代々続く商家。
そして。
王立アカデミーにも多額の寄付を行っている。
その関係か、時々アカデミーに入ってくるのだ。
そして……
女生徒に、不埒な視線を向けたりする。
流石に貴族の子女にはかなり控えめなのだけど。
私に対しては、かなり露骨な視線を向けてくる。
というか、話しかけてもくる。
圧倒的差があるとはいえ、この国の序列2位まで上りつめた父。
その娘である私は、興味の対象であるらしい。
あいつを倒す。
それが私の密かな野望。
その地位を護る為、非道な事にも手を染め。
父が行う慈善事業をあざ笑い。
邪魔すらして。
幾万の商人が、絶望の底に叩き落されたか。
あいつを超える事ができれば、この国はもっと豊かになる……
「流石に父を意識せざるを得ないのでしょうね。それで、私にも興味を……今は、あいつとの差は、天と地の差。でも、いつの日か、あいつを超えて、この国で一番の商人になりたいです」
「単純に、サーラに興味がありそうだけどね……あの色欲じじい。サーラは可愛いし……」
エドラ様が振り返り、私を見て、
ふいに、胸をわし掴む!?
「大きいし」
「ちょ、エドラ様!?」
「ずるい、半分頂戴」
「あげられません!」
「右だけで良いから」
「そういう半分ですか!?だめです、無理です!!」
エドラ様を引き離す。
「私のサーラを視線で汚すなんて……暗殺したい」
「……私が庶民だから、無遠慮なのでしょうね。本来であれば、エドラ様の方が遥かに魅力的ですよ。貴族に対して無礼をはたらく訳にいかないから……」
確かに、胸の大きさだけは勝っているけれど。
顔の美しさ、全体のバランス良さ……エドラ様は、正に芸術的な美しさ。
一般的な町娘である私とは、格が違う。
この学園に通えて。
みんなと……エドラ様と知り合えたのは、本当に幸運だった。
夢想する。
私が、国で一番の豪商になり。
エドラ様も領地を立て直して。
エドラ様の領地の品を、私の家が独占的に流通、販売。
積極的に宣伝も行って。
文化の中心は、王都ではなく、エドラ様の街で。
二人、肩を並べ、その光景を誇らしげに眺める。
そんな日がきっと。
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