第16話 モブと打ち明け
>> ロー
何事もなく、安全地帯に戻れた。
エステルちゃんが、運んできたシルバードラゴンの氷漬けを、空き地に置く。
「凍れ」
更に氷を分厚くする丁寧な仕事。
腐ると困るからね。
「ドラゴンの肉には、この香草が合う。あと、皮はそのままだと臭みが出るので、炙ってから出汁を取るのに使う。肉は、まず叩いてから……」
「丁寧ですね。香辛料と岩塩を振って、焼くだけでした」
「それはそれで美味いんだがな。一手間で結構違うんだ」
ゴルファも料理と言えば、香辛料と岩塩かけて焼くだけだったなあ。
「後は、この取ってきた麦や木の実をすり潰して……煮て灰汁を除いた後、水分を飛ばし。良くこねて焼けばパンになる」
「凄いです。料理スキルとか有るのでしょうか」
「ないよ。俺のスキルは、潜伏と奇襲、鑑定、解体、解錠……レンジャースキルくらいだ。が、料理のセンスはあるらしいね。プロには敵わないけれど、友人には重宝されているよ」
スキルの発現する分野と、センスはまた別だ。
スキルがないのにやたらと剣が上手いやつもいる。
俺は、この戦闘系のセンス、武器の扱いのセンスがとにかくない。
レンジャーの主な戦法である短剣や弓も、実は微妙だったりする。
ゴルファに鍛えられたおかげで、短剣はそれなりにはなっているけれど。
「ロー様の妻として、手料理を振る舞ったりしてみたいのですが……」
「まず俺の妻ではないかな」
勝手に妄想を強化しないで欲しい。
「何故そんなに拒否なさるんですか?マリンさんとはその……されたんですよね。私も一応、それなりには見目良く、スタイルも悪くないと思ってまして……その」
「うん、可愛いよ」
「わわ……その……あと、私の家はお金も地位も有りますし。私自身、学術面でも戦闘能力面でも評価は高く、将来は有望視されておりますし……悪くないと思うんです」
どうしたものか。
可愛いし、強いし、好いてくれているのは嬉しいんだが。
まあ、正直に言うか。
「俺は、きみには手を出せないよ。きみも当事者だし、話しておこうか」
「……はい」
エステルちゃんが、真剣な眼差しを向ける。
「他言無用にできるかな?」
「はい、命にかえて」
そ、そうか。
「なら。まず、俺の友人なんだが……ゴルファと言ってな。勇者なんだ」
「なっ!?」
エステルちゃんが目を見開く。
「……そんな報告は聞いたことが有りません。勇者が出現していたのですか?」
「そうだ。本人が隠したいらしくてな。凄い力で隠蔽しているから、勇者の出現が察知できてないんだと思う」
「隠したいって……何故」
「スローライフ、とやらがお望みらしい。力を隠して、のんびりと生きたいそうだ」
「……ロー様がお力や知識の割に名が知られてないのって、ご友人の影響でしょうか……」
「そうだね。確かに騒がれてもあまりメリットはない」
認める。
「まあ、魔王は倒してくれるらしい。こっそりと」
「……勇者が出現する、という事は、確かに魔王が出るのですね。倒して下さるのですか?」
「ああ。こっそりとだけどな。魔王がいるとスローライフの邪魔になるし。勇者を探そうという動きが出ても面倒だから、だそうだ」
「……勇者様と、ロー様だけで魔王を倒せるのですか?」
「俺は何もしないよ、というかできないよ。魔王は勇者だけで倒せるらしい。というか、あいつと他の人の力の差が有りすぎて、他の人は邪魔にしかならないと思う。そして、あいつに倒せないなら、もう人類は敗北するしかないよ」
「……お強いのですね」
強いなんてもんじゃないからな。
人外の威力のものを含む、剣技、槍技、魔法……数千だか数万だかのスキル。
もう、神様が手早く済ませたかったんだろうね。
おまけに異世界の知識や、この世界の未発見の仕組みの解明……そして、神から与えられた
倒せない理由がない。
「それで本題はここからなんだが……きみは勇者と結婚し、勇者の長男や長女が生まれる、らしい」
「え、嫌です」
即答された。
泣きそうな顔をしている。
「……正確には、2人いるらしいんだが……そのうち1人がきみらしい」
うん、困惑するよね。
「その……顔は良いし、強いし……あと、なんか魅了能力が有るらしくて、あいつも悪くないと思うよ」
「最後の部分聞いて安心できる要素ないですよね……」
ですよね。
かといって、エステルちゃんにへそを曲げられても困るんだよね。
私情を切り離して考えれば、世界平和の為に必要な人材なんだから。
「あと、私が今ロー様と結婚しても、予言には反しないのではないでしょうか?世界を救ったあとで、改めて考えても遅くないですよね」
え。
いやまあ。
エステルちゃんの長男や長女ではなく、ゴルファのだからなあ。
誰かと結婚していて、離婚してゴルファと、となっても辻褄はあうけれど。
「あいつも一応、友人である俺の女を取るのは気が引けるらしくてな」
「一応その程度の良識はあるのですね」
まずい。
エステルちゃんの中で、ゴルファの評価がかなり低い。
俺の中でも結構低いけど。
「あと、あいつ処女が好きだから、貞操を失うのはまずい」
「……確かに、気になさる方は気になさりますよね」
「しかも、他の男の事を好きになった事がない女が好きらしい。精神的処女とか言ってたな」
「気持ち悪いですね」
しまった。
余計な事を言った。
「そういう意味では、私はもうロー様に身も心も捧げてますので、興味の対象外では?」
「いつ身を捧げた」
心は知らない。
「つまり、私が何をしても心が動かされることはない、という事でしょうか」
「そうだ」
断言しておく。
……エステルちゃんの口元が綻んでる。
そうだよ。
ちょくちょく心揺らいでるよ。
嘘を看破しやがったな。
ともかく。
世界平和の為に、エステルちゃんに手を出す訳にはいかないんだ。
そもそも、まだ身を固める気はないしな。
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