第13話 モブと異能

とにかく落ち着かせるか……


「疲労とストレスと睡眠不足で大変な事になっていそうだ。今日はゆっくり休んで、明日続きを聞こう」


聞いちゃいけない事をたくさん聞いてしまいそうだ。


「は、はい。すみません……」


「このお湯と、泉の水を組み合わせて、身体をふくと良い。それで、とにかく着替えると良いよ」


「着替え……無いです」


「何でだよ」


むしろ何を持ってきたの。


「……俺の着替えを貸すから、それに着替えて。で、今着ているのは洗濯して干しておくと良い」


洗濯道具もついでに渡してやる。


「……あの、身体をふいている間」


「大丈夫だよ。テントを建ててるし、それが終わっても、泉の方は見ないようにするから」


「いえ、怖いので、むしろ見ていて欲しいです」


「……一応俺、レンジャーだから、気配察知とかは得意なんだけど。何かが近づいたら分かるよ」


「あの、私、暗闇が怖いんです。何か出てきそうで。自宅の廊下とかも凄く怖くて」


「今までどうやって生活してたんだろうね!」


まじかー……


「あと、身体ふいて欲しいです!」


「ちょ」


「服も脱がせて欲しいです!」


「家でどうしてたんだ……」


「まさか貴族が自分で服を着替えると思っているのですか?」


「自分で着替えないか!?」


何……だと……

メイドか。

メイドが全てやるのか。


とにかく埒が明かない。


「……分かった、脱がすぞ」


「あの、前から脱がさないと見えないですよ」


「脱がすぞ」


ぬぬぬ……


「あの……無理やりされる妄想より、優しくされる妄想の方が興奮しましたので、優しくお願いします」


無心、無心。


--


>> ロー


ちょん


俺の服に身を包み。

ぺたん、とエステル様が座っている。


何というか。


気が張ってたのは霧散し、ぽやぽやとした雰囲気を漂わせている。

これは……更に可愛くなっている……

敵意に満ちた雰囲気の時も凄い美人だと感じたが。

柔らかい雰囲気の方が、反則級の可愛さだ。


「あの、ロー様……何だか、色々すみません……私、おかしいですよね」


「大丈夫ですよ、エステル様。ゆっくり休めば、明日には落ち着くと思います」


「様はやめて下さい。むしろ私がロー様をご主人様と呼びたいくらいなのですから」


何でだよ。


「ご主人様はやめて欲しいかな」


「残念です……私、生きるの下手なんです。だから、誰かに助けて貰わないと生きていけなくて……だから、ご主人様が欲しいんです……甘やかして欲しいんです……」


それはご主人様なのか?

愛玩動物を飼う的な意味なのだろうか。


少しは落ち着いたが、かなり弱っているな。

仕方がない。


「これでも食べろ。甘い物を食べれば、少しは元気になるだろう」


「ありがとうございます……んん、美味しい!」


城下町の名店、リースベッドのケーキセット。

紅茶はあつあつ、ケーキはひんやり。

最高の状態だ。


「凄いですね。まるでお店で食べているみたいです……あれ?」


糖分を取って、頭が回るようになったのだろうか。

怪訝な顔をする。


「このケーキセット、どうしたのでしょうか?」


うん。

今ここで作れる訳がない。


「俺は戦闘能力は無いが、1つだけ異能ユニークスキルがあってね。漆拾弐会乃晩餐ラストディナー、食べ物を時間を止めてストックしておけるのさ。マリンちゃんにも言ってない。内緒だぞ?」


「……は、はい。誰にも言いません!」


エステルさ……ちゃんで良いや。

エステルちゃんは嬉しそうに頷いた。


こんな能力より、戦闘系のスキルの才能が欲しかった。

魔法の才能とか、剣の才能とか。

短剣の才能すらない。


ゴルファは、因果を捻じ曲げる系のスキルだから羨ましいと言っていたが。

ゴルファは空間収納はできるが、時間を止めるような事はできないらしい。

若干遅らせる事はできるみたいだが。

腐っても、異能ユニークスキルらしい。


乾燥食料を主体にして、森の果物や薬草を使いつつ、必要に応じてストックした豪華な食事を出す。

完璧なプランだ。


「あれが、今夜寝るところですか?」


「そうだよ。本当はエステルちゃんも寝具を持っている想定だったんだけど……多分、無いよね。僕は良いから、エステルちゃんが使ってね」


俺はその辺で寝れば良い。

安全地帯だから魔物は来ないし。

再構築中だから他の冒険者も来ないし。


「そんな!駄目です!準備不足の私が悪いんです!ローさん、一緒に寝て下さい」


「……そうやって一緒に寝ようとしているだけでは」


「当然です!」


言い切った。


「その為に、着替えも寝具も持ってこなかったんですから!」


「無計画に計画的過ぎる!?」


まじか……


「新婚生活を何だと思っているんですか……この数週間、存分に甘えますからね!」


「新婚じゃないけどね」


厄介な事になった。

ダンジョンは再構築中だし、良いところのお嬢様だし。

……可愛いし。

本当に厄介な事になった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る