第11話 モブのAGOKUI

「とにかく行きますよ」


「あっ」


ダンジョンに足を踏み入れる。

不快な臭い、じっとりとした空気。

普段であれば、歩行に支障がない程度の明かりが、ダンジョン壁から出ているのだが。

今はその光量が落ちている。

視力強化である程度なら暗視ができるので、そこまで問題はないが。


ゴルファと行った時は、ゴルファが結界や明かりを使っていたからな。

今回はかなり雰囲気が出ている。

危険な事をしている、そんな実感。


ふむ。

存外悪くない。


もぞ


エステル様が背中で蠢き、


「こ、怖く……ないですよ」


「いや、だから精神強化とかしないと辛いですよ!?」


やっぱり何も対策してない。

そりゃ雰囲気は抜群に味わえるだろうけど!


……お嬢様の戦闘能力には期待しない方が良いな。


ぐるる……


ウルフにオーガ。

普段なら相当な雑魚なのだが。

かなり強化されているな。

再構築はかなり近いか。


ぎりぎりまで粘るパーティーも稀にいるので、できればピットの罠で3階層くらいまで落ちておきたい。

このタイミングで3階層にいる馬鹿はまずいない筈。


ぎゅ


背中にしがみつく力が強まる。

ふむ。

魔物も恐怖技能を持っているのかもしれないな。

精神強化していなければ、強敵に見えるのかも知れない。


隠密スキルの効果で、相手からはこちらが見えていない。

ゆっくりと脇を通り過ぎる。


「な、何ですか今の……あんな危険な魔物が、こんな低階層に……」


「いや、恐怖増幅とかされているだけで、実際の戦闘能力は高くないですよ」


「そうなのですか?あれならゴールドドラゴンが可愛く見えます」


「ゴールドドラゴンがこんな低階層にいたら大事件ですね」


ゴールドドラゴンを見た事が有るのか?

流石学年上位といったところか。


「ひゃっ、あれは何ですか!」


「燭台ですね」


ダンジョンの一般的な装飾だ。

飲水台、燭台、棚。

時々壁にある。

毒があったり、回復したり、ただの水だったり。


今は、どれもが変質しているようだ。

燭台の火は不気味に見えるし。

飲水台からは黒い液体が溢れ、異臭が。

棚からは黒い蟲が這い出ている。


早く安全地帯に行きたいところだ。


「さて、お嬢様。そこにピットの罠がありますので、それを利用して下層におります。下層に降りたら後戻りはできませんが、本当によろしいですか?」


これは最後の賭け。

お嬢様の誘惑は十分に振り払えているし……若干我慢がばれているが。

このまま俺が手を出さないのは分かっているだろう。

再構築を見たいというのが嘘であれば、正直に話すのは最後の機会の筈。


「勿論行きます」


うわ、迷わず言い切った。

ダンジョン脱出の転移魔法とかが使えるのかも知れない。

案外、本当に再構築が見たいのかも知れないが。

分からん。


「浮遊魔法は使えますか?」


ふるふる


背中で首を振る。

使えないの!?


仕方がない。


飛行布を取り出す。

完全に空を飛ぶ性能はないが、空気抵抗と合わせて、落下速度を弱められる。

ちなみに、ダンジョンの仕組み上、落とし穴で上方に上昇する事はできない。

ダンジョンの制約を上回る力を出せば上昇できるけど、常人には無理だ。


「行きますよ」


ごがっ


足元が開き、落とし穴が口を開ける。

ほう。

これはなかなか……良い恐怖。

引き返すべき場所で、下に落とされるという恐怖。

事実以上に、かなり恐怖が強化されているのだろう。

全力で精神強化を行っていても、なかなかのスリルだ。

というか、落下早くね?

速度軽減できている筈なのだが。

長くね?

ピットの罠は異次元を通るらしく。

感覚的に落ちる距離と、実際の階層の距離は一致しない事が良くある。

ちなみに落下の衝撃は、落下時の速度からすると、若干控えめになるらしい。

落下で人を殺すのは副産物で、メインは階層の強制移動だから、らしい。

上級ダンジョンでは殺す目的のピットもあるらしいけど。

最下層まで落として、しかもモンスターハウスの中に放り込むとか。


ががっ


天井に縄を投げ、落下速度を殺す。

そして。


だむ


地面に降り立つ。

……


「このダンジョンのピットは最大2階層分の筈だけど……5階層は落ちたね」


「!!!???」


お嬢様、声になってないですよ。

もう、地上でやっていたような、魔力を待機させて構えるような余裕はないようだ。

本気で襲っても抵抗できないんじゃないだろうか。

しないけど。


「お嬢様、安全地帯を探します。そこでキャンプを張って、再構築が終わるまで身を潜めます。良いですね?」


通路で再構築が始まってしまえば最悪だ。

急がないと。

……間に合わなければゴルファを呼んで助けて貰うしかない。


「あの……その……濡らしてしまって……着替えを」


「安全地帯を探します。そこでキャンプを張ります。そこで着替えて下さいね?」


「はい」


エステル様のあごを右手で持ち、視線を合わせ。

やや強めに言うと、弱々しく首を縦に振る。

やれやれ。

だいぶ壊れ掛けてるな。

安全地帯についたらケアしなければ。


……だから精神強化しろと言ったのに。

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