第8話 モブと取引

「な、なぜ王立アカデミーの学生が、店に……!?」


「えー?学生なのを隠して、という体で働いている学生、ちょくちょくいますよう?」


「いるの!?」


「というかあ、お客様もそれを知った上で買う人が殆どですしぃ。ローさんくらいじゃないですかあ?学生ごっこだと本気で信じていたの」


ああああああ。

道理で本物っぽい制服も持ってるし、日常会話も真に迫ってたよ!

全部事実じゃないかあああああ!


……あれ。

ということは……。


「あの……その……エステル……様って?」


「名乗った通りですよ。というか、私の名前を騙ったら、それこそ大問題だと思うのですが……というか、ひょっとしてアルヴェーンの名を知らないですか?」


……やべ。

貴族とか全然興味ないから。

流石に、最上位の貴族の名前は分かる、とは思うけど。


「お兄様ぁ。王国第二位の貴族で、宰相様の1人娘ですよう」


最上位の貴族だった。


「……そ、それは……何と言いますか……申し訳ありません……」


やべえ。

冷や汗がやべえ。


国外逃亡か?

国外逃亡しかないのか?

せっかくこの街に馴染んできたのに……


エステル様はため息をつくと、


「無礼は不問とします。知らなかったようですし」


良かった。


「では、本題に入ります」


!!?

これって本題じゃなかったの!?


流石に、マリンちゃんもきょとんとしている。


「ローさん。貴方の腕を見込んで、お願いがあります。私にも、珍しいものを見せて下さい」


「それはどういう……?」


「私達は、最も優れた者であり続ける必要があります。が、前回の課題発表では、マリンさんに惨敗しました」


本当にあれを課題に提出したのかー。

そりゃインパクトあるな。


「次の課題を手伝う、そういうご要望でしょうか?」


マリンちゃんが訝しげな顔をする。


「いえ、今期の提出課題は1回だけ。もうそれは手遅れです」


つまり?


「経験の差です。私達は、偉業を達成し続けていました。マリンさんに、経験の点で差がついた。それが問題なんです。私にも、珍しい体験をさせて下さい」


ええっと……つまり。

マリンちゃんだけ珍しい経験をしてずるい、私にもって?


さてどうするか。

レア魔獣の出産だの、レア素材の自然発生だの、秘密の絶景だの。

女の子の尊敬を引き出すストックがない訳ではないが。

鎮魂祭を上回るとなると、非常に難しい。

鎮魂祭も、他のダンジョンは発見済だし。

今期は悲惨な事故も起きてないしな。


「私に……再構築を見せて下さい」


「ばかですか?」

「寝言は寝て言え」


マリンちゃんと俺の声がハモる。


再構築。

ダンジョンは一定期間が過ぎると、内部の再構築を行う。

その間は出入り口が消え、完全に出入りが不可能となる。

その期間も不明。

また、上手く安全なスポットに入り込めれば良いが……正直、巻き込まれた際の生存率は低い。

死因は不明。

生存者は、狭い空隙に身を潜め、2週間もの期間をすごしたとか。

なお、中には、外の時間より長い時間を証言する者もいて、時間の流れ方が異なる説もある。


つまり。

まず危険極まりないし。

次に、そもそも中にいたからと言って何か見れる訳ではない。


「……もう少し礼儀をわきまえられないのですか?」


「これを看過して愚行を見過ごした方が重い罪に問われます!」


エステル様の怒気に、マリンちゃんが困ったように指摘する。


「それで、貴方は協力して下さるのですよね?マリンさんが平和に生活でき、貴方も平穏な暮らしを送れる……それに必要な事は分かりますわよね?」


つまり、マリンちゃんの事を学園に黙っておいて欲しければ、協力しろと。


「……分かった」


「ローさん!?」


マリンちゃんが驚きに目を見開く。

真剣なマリンちゃんも可愛いな。


「大丈夫だよ、マリンちゃん。再構築なら……経験あるからね」


俺にはチート勇者という伝手があるからな。

ゴルファに付き合ってもらって、見物してみたのだ。

単純な好奇心である。


基本的に、安全地帯はそのまま安全地帯として残るので、そこにいれば安全にすごせる。

なお、安全地帯以外を探検中、見回りに来た異様な強さの魔物は、ゴルファに半殺しにされた。

ルール違反をしているのはこちらなので、命を取るのはやめておいたらしい。

ダンジョン内で重要な事をしている幹部らしかったので。

最終的に、ダンジョンマスターと談笑してたな、ゴルファ。

ちなみに、俺自身には、客扱いされるような人脈はない。


「再構築を経験、ですか?本当に規格外ですね、お兄様」


マリンちゃんが目を丸くする。

俺じゃなくて、規格外なのはゴルファだけどな。


「それでは、よろしくお願いしますね」


エステル様が、淡々と告げた。

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