第6話 遊女と氷女神

>> マリン


「マリン・オースディル……」


放課後。

今日も仕事があるというのに。


五女神の1人、宰相の娘。

学科のテストで常に1位をキープする天才。

エステル・アルヴェーン。


怒気を滲ませ、凛と立っている。

彼女に呼び出されたのだ。


私は、この女が苦手だ。

五女神は皆、苦手なのだけど。

この女は……別格だ。


とにかく、底が見えない。

庶民を敵視……いや、五女神以外の全てを敵視、いかにも噛みつかんばかりの勢いなのだ。


「どうされましたか、エステル様?」


「貴方は……何をしたか分かっているのですか?」


何をしたか。

たった1度、5女神の軌跡に、土をつけただけだ。


「そう怖い顔をなさらないで下さい。たまたま、運が良かったんです」


100%ローさんのお陰だし。


「ビルギット姫は、1位とならなかった事で、王から強い叱責を。サンドラ様は、屈辱に身を震わせ……サーラさんは、自信を喪失し……エドラさんは、暗殺の計画を練っておられます」


「いや、影響有りすぎでしょ。というか、殺されたく無いんですけど」


彼女達の心を動かす事もできないと思っていたのに。

まさかそこまでショックを受けるとは。


「今や、五女神は崩壊寸前……それが貴方のした事なのですよ」


「次で挽回すれば良い事ですし、期末評価はどちらにせよ揺るがないと思うのですがっ」


「分かってないですね」


エステルは、残念な者を見る目で私を見て、


「挫折を知らない者は、たった1回の挫折で、立ち直れない程のダメージを受けるのですよ。敗北のショックから立ち直れること……それが真の強さなんです」


「それを分かっている時点で、強者だと私は思いますよ」


「知っている事と、できる事は違います。私にはできない、それが事実なんです」


いや、できようよ。

やっぱり、この人苦手だ。


「それでエステル様……要件は何でしょうか?私に首を差し出せとでも?」


死にたくないなー。

面倒な学校を退学になるくらいなら、何の問題もないのだけど。

夜の街。

それが、私の人生の全てになっている。

嬢との駆け引き、お客さんを気分良くさせてたんまり報酬を貰う、その方が遥かに楽しいのだから。

今日の課題提出は、ちょっと楽しかったけれど。


「貴方……卑しい事に、その身を委ねていますね」


夜のお仕事がばれてたかー。

まあ、本名でやってるし、学校の事とかふつーに喋っているしね。

ローさん以外には、そこまで多くは話してないけれど。

ローさんは、本気で設定だと思い込んでくれるから、どこまで話せば気づかれないのかついつい試してしまうのだ。


実際、さっさとバレて、勘当と退学を勝ち取りたい所なのだ。


「卑しくないですよ。夢を与えているだけ、です。仕事に貴賤をつけるのは、失礼じゃないですか?」


意味もなく、煽ってみる。

願わくば、エステルの口から全てが明るみに出れば。

それはそれで面白い。


「……そうね、言い過ぎたわ。確かに、失礼だったわね」


あっさり認めて引き下がるエステル。

何でよ。

やっぱり、この人苦手。


「……そうじゃないのよ」


あ、踏みとどまった。


「貴方、学生という身分を隠して商売しているわね。このアカデミー所属の学生が、夜の街で身を売るなんて……前代未聞の醜聞だわ」


数人いるけどね!


私は、誰かに必要とされたくて……認められたくて……寂しさからだけど。

純粋にお金欲しさの娘や、家族を助ける為に身を堕とした者もいる。


「それで、要求は何でしょうか?」


黙っておいてやるから。

それと引き換えに、何を?


「貴方に鎮魂の燈を与えた冒険者……私にも、会わせなさい」


……この女は、やはり底が見えない。

私が冒険者に案内して貰って入手した。

それを全て見抜いている。


会ってどうする気なのか。

私の事をばらす?


それはそれで見てみたい気がする。

ローがどんな反応をするのか。


「選択肢は無いみたいですね。分かりました、条件を飲みます」


私は、そう告げた。

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