第五十四話 早めの学園生活編②

ナハト先生との一件があった次の日の朝。ほかの生徒たちの授業が始まる少し前、私はまだ眠くて開ききらない目をこすりながら、ナハト先生の自室に呼び出されていた。

そして、あらかじめ用意しておいたと言われた椅子と机には、アピロさんの屋敷でも見かけたような分厚い本の数々が積まれている。


「あのー、これは?」

「これは、あなたがここにいる間に覚えるべき知識が詰まった本よ。と言っても、一か月……長引いたとしても二、三か月が限界だろうから、内容についてはだいぶ厳選したわ」

「厳選してこの量なんですか?」

「当たり前じゃない。あくまでここにあるのは基礎中の基礎。本当はこの二、三倍にしたいくらいよ」

「魔法使いって、勉強することが多いんですね……」

「専門的な分野を勉強するなら、どこの世界でも似たようなものよ。まあこの国の魔法は他国に比べてもかなり発展しているから、内容は少し難しいかもね。まあ、とりあえず夕方以降になるだろうけど、空いた時間でいろいろと説明してあげるから、私がほかの生徒の授業をしている間はここにある本の内容を読んで頭に入れておきなさい」


こうして私の怒涛の学園生活が始まった。

与えられた本をなんとか読み進めながら、ナハト先生の空いた時間で、多少……いや、かなり厳しい言葉を浴びながらの解説授業を繰り返す日々。

初めの一週間は基礎もわからないままの状態だったこともあり、


『なんでこんなことも知らないの?』

『それはこの本に書かれていたでしょ!読んでないの!!』

『この程度でよく魔法使いになろうと思ったわね』


などという非常に厳しい言葉が飛び交う個人レッスンで、私の心はだいぶ消耗していった。

時折、心配したサフィや校長先生が話を聞いてくれるのだが、彼女がここまで厳しいのは珍しいらしく、私がアピロさんの弟子ということがやはり関係しているようだった。


アピロさん、一体あの人に何をしたんですか……。

こうして一週間、二週間と日々は過ぎていった。


「今日も疲れた……本当に。もう何もやる気が起きないよ」


疲労困憊になり、私はベッドへと倒れ込む。

ここ最近は疲れからへとへとになり、夜は何をするでもなくすぐに眠ってしまう。


「一応明日は休日だから午後は何もないけど、午前中はナハト先生が付きっきりの授業だしなぁ……」


わざわざ時間を割いて、きちんと教えてくれていることにはもちろん感謝しているのだが、何分あの人は嫌いではないがだいぶ苦手な部類の人間だ。


「でも、午後はフロノが気分転換で街までお出かけしようって誘ってくれてるし、なんとか午前は頑張るか」


そう、勉強とは別にフロノとの仲は良くなっている。

フロノは優しい子で、私が疲れ果てながら食堂で食事をしている時に気にかけて話しかけてきてくれ、最近は毎日一緒に食事をとりながら雑談をしている。

私にとっては気軽に話せる友達ができたことがいい気分転換になっていて、とても助かっている。


ただ、フロノはまだ私が魔法知識などほとんどない素人だということを知らないため、私のナハト先生の授業について「何を学んでいるのか」をものすごく追及してくる。

私もそこで素直に自分のことを話せばよかったのだが、真っ直ぐなまなざしでこちらを見つめてくるフロノには言い出せず、ずるずると今に至る。

ちなみにナハト先生にもフロノは尋ねたらしいのだが、


『いやー、ちょっと内容についてはレベルが違いすぎて話すのは難しいわね』


という回答をしたらしく、フロノの中での私の評価はうなぎのぼりである。

何をしてくれているのかあの先生は……絶対に嫌がらせである。


そして、もう一つ気になることがあった。


「アピロさん、結局まだ連絡くれないな……」


私が学園でしばらくの間過ごすことが決まった後、アピロさんからは一切連絡がない。

くれていないどころか、私が送った手紙の返信さえ来ないのだ。

一応、トラファムが再度学園に訪れて、しばらく学園で過ごすことへの許可はもらったという伝言を校長先生が聞かされたが、その連絡はそれっきりで、あとはぱったりだ。


「弟子にしてくれて、学園に入る手続きとかもいろいろやってくれたけど、屋敷に着いてからはなんだか全然相手にしてくれてないような……」


多分だけれど、アピロさんにとって私はあくまで親友の娘で、その親友の頼み事で入学までの面倒を見てくれているだけであり、別段私自身には……そこまで興味はないのかもしれない。


「それでも、私を村から連れ出してここまで面倒を見てくれたんだから、感謝するしかないんだけど……」


ただ、そうだとするのなら少しだけ……寂しいけれど。


「そういえば、連絡と言えば私も全然手紙を送れてないや。アメリーたち、元気にしてるかな」


「連絡」という言葉から、私は村のみんなやアメリーたちに全然連絡を取っていないことを思い出した。

村を出てから毎日いろいろなことがあり、落ち着く暇もなく、今の今まですっかり忘れていた。

連絡をもらえないと拗ねている自分が、連絡を取らないのはよくない話だ。


「さすがにそろそろ村の人たちやアメリーも心配しちゃうわよね……」


私は重い体をなんとかベッドから起こし、備え付けられた小さなろうそくに灯をともしてペンを準備し、机へと向かう。そして引き出しから何枚かの粗い用紙を取り出し、まず誰に書くかを少し考えてから筆を走らせていく。

まずは、思い返すと一番今どうしているのかが気になっているあの子への手紙を書くことにする。


『ウルへ

 元気にしていますか。私は元気です。

 あの事件以来話すことができていなかったので手紙を送ります。

 実は私はあの後、村を出ることになって……』


そうやって、ウルに話したいことや今の私の気持ちを手紙に込めていく。

そしてこの後、アメリーへの手紙を書いている途中でナハト先生の来訪を受け、また嫌味を言われることになるのだが……。

こうして、私のザマンティード魔法学園での早めの学園生活は進んでいくのであった。

あの魔装具の魔の手がこの学園に迫りつつあることに気づかずに――。

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