第五十三話 早めの学園生活編①
「はーい、この部屋がこれからしばらくエーナに過ごしてもらう場所になります」
「えっと、お邪魔します……」
サフィは元気な声で扉を開け、「入って入って」と部屋へ私を招き入れる。
案内された小さな部屋には埃をかぶった机やベッド、クローゼット。
そして壁に備え付けられた小さな窓からは月明かりが零れている。
「数年、いや数十年?まあ最近まで使ってなかったからちょーっとだけ埃かぶっているけど、軽く掃除すればすぐに使えるようになると思うわ」
「数年っていうのは最近じゃない気がするんだけど……」
精霊的な感覚だと、一ヶ月とかそのくらいの感覚なのだろうか。
「とりあえず私は替えのシーツとか必要そうなものをいろいろ持ってくるから、エーナは家具とか何か部屋に問題がないか確認しておいて」
サフィはそう言うと小走りで部屋を出て、廊下を駆け抜けていく。
(この小さな部屋でしばらく過ごす……か)
おかしい、本来は明日にはアピロさんの屋敷に戻るはずだったのに。
何故こんなことになっているのか。
いや、現実を認めたくないだけで原因はわかっているのだが。
時を遡ること数時間前。
私は再び校長室をサフィと共に訪れていた。
ただしその時、他にいた人物は昼とは異なり、ナハトと呼ばれる学園の教師の姿があった。
「校長、私は聞いていません!アピロの弟子が学園に入学する予定など!」
「私は校長代理だ。……まあこの件に関しては君には知らせていなかったからな」
「何故です!」
「何故って、それは君にその話をしたら私の元に怒鳴り込んでくるだろう?こうして今みたいに」
「当然です。私は認めません!あのとんでも魔女の弟子を学園に入れるなんて!校長も知っているでしょう、あいつが学園にいた頃がどれだけ大変だったか!」
「そうだな。アピロがいた時は、私はまだ教員の見習いみたいなものだったが、確かに毎日てんやわんやだった」
「なら何故!」
「入学条件さえ満たしていれば、学ぶ権利は誰にでもある。アピロは確かに問題児ではあったが、その弟子までもが問題児とは限らないだろう」
「ですが!」
「それに、私からすれば君もそれなりに問題児だったぞ、ナハト」
「っ……!」
校長代理にそう指摘され、ナハトは怯む。
アピロさんが魔法界で問題児なのは知っていたけど……昔からいろいろと問題のある人だったのか。
お世話になる人、もしかして……間違えた?
「ちなみに、ナハトちゃんとアピロちゃんは同級生で、当時は学内で1、2位を争う実力を持ったライバルみたいな間柄だったのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「これ豆知識ね」と小声で私に教えてくれるサフィ。
「そんな健全な関係じゃないわよサフィ!私が何かするたびにあいつが毎度毎度毎度毎度邪魔をして、迷惑ったらありゃしない!」
サフィの声が聞こえていたようで、ナハトは内容を大きな声で否定する。
「アピロの弟子、あんたも今の話で勘違いするんじゃないよ!」
「はっ、はい……」
私にまで飛び火した。
「ナハトちゃん、そんなカリカリしないでよ。今日一日様子を見てたけど、エーナはいい子よ。アピロちゃんみたいにやんちゃするタイプでもないし、入学には全然問題ないと思うわ」
「それはあの女も最初は同じだったでしょうが!おとなしくてお淑やか、容姿端麗、気品のあるお嬢様とか言われてちやほやされてたけど、いざふたを開けたら爆発騒ぎは起こすわ、嫌味を言ってきた上級生は返り討ちにして吊るし上げるわでとんでもない女だったじゃない。だからこの弟子もきっと……」
そう言って私を指さすナハト……だがそのまま何か訝しむような表情で私を見つめ、固まってしまう。
「あの、どうかしましたか?」
「あんた、名前は確かエーナとかいったわね」
「はい、エーナ・ラヴァーラっていいます……」
ナハトは顔を私に近づけ、じーっとこちらを見つめる。
「あなた、私と会ったことはある?」
「いえ、今日初めてだと思いますけど……」
「……そう。まあいいわ。とにかく、あんたがあの乱暴女みたいに問題を起こして他の生徒たちに迷惑をかける可能性がある以上、私としては入学には反対よ」
アピロさん、このナハトって人に一体何をしたんだろう。
「まあ、ナハトが心配しているように、エーナが問題を起こす可能性は少ないだろうな」
そう口を挟むと、校長代理は椅子に深く座り直す。
「校長!何故そう言い切れるのですか!」
「代理だ。……この子の話はアピロ以外からも聞いているが、魔法使いを目指し始めたのはつい最近、魔法については最近学び始めたばかり。つまりはまだ魔法も使えない状態だ」
「嘘……あなたアピロの弟子なのに魔法の一つも使えないの?」
「……私、最近まで田舎の村で暮らしていて、魔法のことも全然知らなかったんです。ただ、母が魔法使いでアピロさんのお友達だったらしくて、その縁でいろいろあって……弟子に取ってもらいました」
魔法知識がなく、未だに魔法が使えないことに気まずくなりながら事情を話す。
魔法の一つも使えない。事実ではあるけれど、その言葉に少しだけ胸を痛めながら。
「……たわ」
「へ?」
「事情は分かったわ。いいでしょう、あなたの入学については一旦とやかく言うのをやめます」
後ずさり、私から距離を取りながら目を伏せたまま彼女はそう言った。
「なんだ、アピロに関することになると頑固なお前が、今回は聞き分けがいいな」
「ええ。サフィや校長が言う通り、この子……エーナには確かに学園で学ぶ権利がありますから」
「あら、本当にナハトちゃんにしてはすごい聞き分けがいい」
「ですが」
強くそう言いながら、くるっと私の方へナハトは向き直る。
「ですが、来年から入学するというのに基礎的な知識や魔法の行使ができないのは問題。ですので、この私が直々に基礎を叩き込んであげましょう」
「……え?」
「私が魔法のいろはを叩き込んであげると言ってるのよ。明日から基礎が身に着くまでは、みっちりと空いた時間で講義をしてあげるから覚悟しなさい」
「私、明日には屋敷に帰る予定なんですけど!?」
「わざわざサフィと学園観光なんてするくらいだから、入学まで暇なんでしょう?ならいいじゃない。しばらく学園で観光の続きをして、講義までの暇つぶしでもしておけば」
「いや、私アピロさんから出された課題とかもあるので」
「それが入学までに行う基礎知識取得のための勉強なんでしょう?じゃあその課題も含めて私が面倒を見てあげる……あの魔女みたいにならないようにね」
怖いと感じるくらいにっこりとした笑みをナハト――いや、ナハト先生は私に向けたのだった。
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