第三十五話 タリアヴィル
「やっと、元の世界へ帰って来れたのね……」
「そうみたい……っすね……」
見知らぬ廃屋の中、割れた大鏡の前で私とキャトは息も絶え絶えに断片世界から脱出できたことを確認した。
「うーん、私が来るときは本当に何もなかったんだけど。まさか到着もう少しのところでまたあんな量の影に襲われるとは」
「いや、まず……登録も調査されてない危険な裏道を……使うんじゃないっすよ……」
息が整っていないながらもツッコミを入れるキャト。
まあ、到着間際でまたもあの影に襲われ、倒すのも面倒だからと全力疾走を要求され命辛々ここまで逃げてきたのだから文句を言いたいのもわかるが。
「そうね、今度使うときは安全に使えるように暇なときに道なりに掃除でもしておくわ」
「いやだから使うなっす!というか協会にもちゃんと申請だせっすよ!」
キャトの必死の抗議も意に介さずそのうちね、と適当な相槌を打ちながら流す彼女。
協会とかかわる気などそうそうないのだろう。
「さて、いい加減外に出ましょうか。運よく人目のつかないどころ通しで入口が繋がったけれど、埃っぽくていやだわ。建物も作り直した方がいいのかしら」
「まさかあんな裏道の為だけに土地毎買い占めて……」
「キャト、多分私達が何言っても無駄だと思う……」
そう声をかけるとお互いに何も口にせずはぁと大きなため息が出る。
キャトと私は出会ってからの数日間で一番心が通じ合った日になるだろう。
まさか振り回される苦労で通じ合うとは思わなかったけど。
------------------------------------------------------------------------------------------------「へぇ、ここがタリアヴィルなんだ……」
「そうっすよ。国が誇る学問の街兼様々な人々や品物が集まる交易都市っす」
廃屋から出た後、大きな通りに面したとある店で私達は遅めの昼食を取っていた。
ちなみにアピロさんは少し用事があるという事で一時的に別行動をとっている。
食事を取りながら窓越しに街を眺めていると王都とは違った街並みに目を惹かれる。
人の多さも王都で慣れたつもりであったが、タリアヴィルはまた王都とは別の意味での活気があるように感じる。王都よりも明らかにローブを纏った魔法使いのような恰好をした私より少し年上くらいの人々がちらほら歩いていたり、どこかの学校に通っているであろう学生服をきた人物など王都とはまた雰囲気が異なる。
それに建物も何かしら特別な形をしているものが多い様な気がする。
大量の煙突が見えたり、隣の建物に覆いかぶさるように増築された家、名に使うかわからない大きな歯車のようなものが露出している建物など統一感のない無節操さが目立つ。
「そういえば、タリアヴィルの魔法学校もここにあるんだっけ?」
「いや、魔法学校はタリアヴィルから少し離れた森の方にあるんすよ」
「そうなんだ、てっきり街中にでっかい学校がどーんってあるのかと思ってた」
「でっかいのは間違いないっすよ。一度師匠と仕事の関係で入った事があるっすけど石造りのとんでもないでかさの学校っすから」
「なるほど。でも街から離れてるとなると通うの結構大変そうね」
「あの学校は全寮制っすから基本的には学校の敷地内に作られた寮に入って生活になるっすよ。だから街から通うタイプはほとんどいないっす」
「あ、そうなのね……。全然知らなかった」
「まあエーナさんも通う事になると思うしいろいろちゃんと準備しておくっすよ」
「うーん、私通う……のかなぁ」
「まーだ決めてないんすか!?」
「いや、もちろん魔法使いになりたいっていう気持ちはあるから通いたいは通いたいのよ?でも、村にいるおじいさんやおばあさんにも話をまだ通してないしお世話になってる友達は私が魔法使いになる事に反対して……」
「誰がどうこう言おうが決めるのはエーナさんじゃないっすか。前も話しましたけど、魔法学校に通えるのは極一部だけなんすよ。お偉いさんや貴族出身の子たちは親が金の力でなんとかしたりしますけどこんなチャンス逃すなんてありえないっす!」
「そう……よね、魔法使いになるには絶好のチャンスだもんね。それに魔法使いになれば……」
魔法使いになれば、行方不明の母の事も少しはわかるかもしれない。
「とにかく、たとえ大切な友達が反対していたとしても決めるのはエーナさんです。
あんまり他人に引っ張られるのはよくないっすよ」
「うん、そうだね。結局決めるのは私なんだものね……。よし、とりあえずタリアヴィルにいる間に決めるようにするわ!」
「そこは『決めた!学校に行く!』っていう答えじゃないんすね……。まあよく考えることも大事っすからね、どうするかちゃんと決めるんすよ」
まあ答えは決まってるようなものだとおもうんすけどねとぼそっと口にしながらキャトは食事を口に運ぶ。
キャトの言う通り、もはやここまで来たのなら答えは決まっている気もするが優柔不断な私の心は未だに答えを出せずにいる。
私って駄目な人間だな、とそんな事を思いながら私も出てきた食事に手をつける。
その後はあたりさわりのない会話をしながら食事を進めていると店のドアが開き新しいお客が入ってくる。無論新しい客が入ってくるのは普通の事である最初は気にも留めなかった。
「んんん?そこにいるのは……いつぞやのお嬢さんではないか?」
「へ?」
明らかに私達に対する声かけにその方向へと顔を向ける。
そこにいたのは濃い紫いろのローブととんがり帽子をつけた、いかにも魔法使いという風体の眼鏡をかけた男であった。
あれ?どこからであったことがあるような……。
そう考えた時、とある夜に遭遇した同じ特徴を持った男の事が頭に浮かぶ。
「あーーーー!あの夜の変な魔法使い!!!」
「おお、やはりあの時小脇に抱えられていたお嬢さんであったか」
偶然偶然といい笑う謎の男。
いや謎の男ではない、この男の名前は
「ちなみに変な魔法使いはない。私の名前はノン・ヌメロ、世界一の大天才魔法使いだよ」
そう自己紹介した後にひとりでに高笑いするのであった。
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