第三十六話 魂の色


「あの、エーナさん、なんすかこの人?エーナさんの知り合い?」

「いや、知り合いというかいや知ってはいるんだけど……」

「んーそこにいるのはお嬢さんのお友達かな?いやーそれにしてもまさかこんなに早く再開できるのとはね。これも運命の導きなのかもしれないね」


そう言って再び高笑いをする男。


「うーん、下手に絡まれないうちに店出ましょうかエーナさん」

「あ、それいいかも。ちょっと残ってもったいないけど」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ君達!そんな面倒だから逃げようみたいな会話は」

「いやそうっすよ。面倒ごとに巻き込まれたくないのは当たり前じゃないっすか。おじさん格好と言動からして明らかに面倒じゃないっすか」

「お、おじさん!?私はまだ27だよ!?それにそこまで露骨に嫌がられると凹むなぁ……」

「あー、すいませんっす。てっきり後15は年取ってるかと。さ、行きましょうかエーナさん」

「まあまあまあ待ちたまえ、そう露骨に態度に出さないで!私はちょっとそこのお嬢さんと話したいだけなんだよ!」

「いや、私も話をしたくないです。アルバートさんからもあの時話すなって言われてるし」

「え、この人アルバート先輩とも知り合いなんすか?」

「知り合いというか、一昨日の夜あった魔装具の暴走事件の犯人」

「あー、なるほどそう言う……、ってつまり大悪党じゃないっすか!?やばいっす、逃げるっすよエーナさん!!!」


キャトが私の手を握ってすぐ席を立とうとする。

が、立ち上がるよりより前に男の手が私達の肩にポンと乗せられる。そして乗せられた瞬間、身の毛がよだつ様な鋭い殺気が私達を捉えた。


「まあ君達、少し落ち着きなさい。他のお客もいるしあまり騒ぐと迷惑になるだろう?それに今回はあくまで話をしたいだけなんだ。君達にどうこうしようというわけではないから安心してくれないかね?」


突如変わった空気に私は思わず冷や汗を流す。おちゃらけた態度をとっていた男ではあるが、間違いなくあの夜事件を起こした悪党なのだ。私はそれを実感すると共に再度席に着く。キャトも同じ様に席に座るが、その視線は男の方を睨みつけていた。


「すまないね、こうでもしないと話をしてくれないだろう?本当に危害を加えるつもりは全くないんだ。そうだな、お詫びにここの会計は私が持とう、何か頼みたいものがあれば追加で頼んでくれてもいいよ?」

「悪党の世話にはならないっすよ」


キャトは震えながらも男を睨みつけながらそう口にする。


「強気だなぁ、しかしいい目をしている。元々は良く見えそうな彼女に色々話を聞きたかったんだが、君にも興味が湧いてきたね」


まるで吟味するかの様に私達を見ながら顎を触る動作をする男。

その声色は先ほどまで感じられたおどけた雰囲気はなく、背筋をかける冷たい恐怖が伝わる。


「さて、改めて自己紹介といこうじゃないか。私の名前はノン・ヌメロ、この世が産んだ世紀の大天才魔法使いだ。君達の名前は?」

「キャトルズ・バーウィチっす……」

「エーナ・ラヴァトーラ……です」

「キャトルズ君にエーナ君か、良い名前だ。さてこのまま茶も茶請けも無しに語るのは寂しいからね、君たちの食後のお茶もかねて頼もうじゃないか」


ノン・ヌメロは定員を呼び止め慣れた様子で注文を行う。

そして暫くして机の上に温かいお茶と菓子が運ばれ、ノン・ヌメロは私達にも口をつけるように促し自分も一口茶を啜るのだった。


「うーん、相変わらずいい味だ。実はこの店は良く来る場所でね、いろいろと私の好みをわかってくれているし融通してくれるんだよ。

ああ、茶に関しては私の方で支払いは持つから気にせずに手を付けてくれ」


実に美味いと再び口をつける。


「さて、すまなかったね脅すような真似をして。さてエーナ君、君とはあの夜以来だね。また謝る事になってしまうが、あの時はすまなかった。意図せず君や数字持ちの彼に迷惑をかけてしまったようだ」


数字持ち……アルバートさんの事だろうか。

確かにあの夜そんな会話をしていたような記憶がある。


「あの時は私もあせったよ。あの客にはきつく注意して品を渡したというのにまさかそれを無視して自ら使用するとは、完全に想定外だ。まあ数字持ちの彼が先に抑えていてくれたおかげで被害はそこまで広がらなかったようだし彼には感謝しないとね」


語りながらノン・ノメロ感慨深く頷く。


「ああ、私ばかりしゃべってしまったな。何か君たちも話したい事や聞きたいことがあれば言ってくれ、なんでもかまわないよ」

「じゃあ聞くっす。あなた何者っすか?」


その言葉を聞くなり、少し怒りの籠ったような声でキャトが男に問いかける。


「先ほども言った通り、私はノン・ヌメロ、世界一の大天才……」

「はぐらかさないでくださいっす。仮に大天才が本当だったとしても、そんな名前の魔法使い聞いたことがないっす。さっきの話が本当なら巷に流れてる違法魔装具制作者もあなた……、それだけの技術を持っている人物なら噂くらい耳にする機会くらいあるはずっす。……例えそれが罪人だったとしても」

「罪人とはまた厳しいな。まあそうだね、確かに昔違う名前を名乗っていた事もあるよ。しかし今の私の名前はノン・ヌメロだ、私についての事ならそれ以上は答えられないかな」

「なんでもっていう割には答えてくれないんすね」

「質問はなんでも受けるけど、なんにでも答えるとは言っていないよ。

人間誰しも簡単に話せない事くらいあるだろう?さてエーナ君、君は何か質問があるかな?」


ノン・ヌメロは視線を私に移した。

今の話しぶりからして、この男についての情報をこれ以上得るのはむつかしだろう。

ならここは自分が知らない情報について素直に聞いておくほうが良いかもしれない。


「あの、アルバートさんと対峙してた時も言ってましたけど、数字持ちって何なんですか?」

「んん、数字持ちを知らないのかね。数字持ちとはオリジナル魔装具を使用できる者達、つまりはあの十二英雄の血を引く子孫たちの事だよ」


十二英雄、ここ数日時折魔法関係の会話出てくる名前だ。

だがオリジナル魔装具とは何の事だろう、初めて聞く名前だ。


「もしかして十二英雄についても知らないのかな?ちゃんと歴史の勉強もしないとだめだよまったく。語ると話が長くなるからかいつまんで説明すると、十二英雄とは数百年前にこの世界を滅亡の危機に陥れる災厄から救った十二人の英雄たちの事だ、そのままだね。そしてオリジナル魔装具はその英雄たちが使っていた魔装具、つまり我々が使っている魔装具の原点という事になるね」

「オリジナルって、魔装具ってそんな昔から存在してたんだ……」

「そうだとも。先程も言った通り、本来魔装具通り呼ばれるものは十二英雄が使っていた物のみ。

それを元にどうにか参考に複製しようと色々な魔法使い達が解析・試行錯誤を積み重ね、ここ十数年でやっと実用に耐えうる物が出来たと言うわけだ。勉強になっただろう?」


本来私に講義は高いんだよ、と男は笑いカップに口をつける。

話を聞いてると思いの外、いやかなり参考になった。今まで皆が自然と口に出していた用語にそんな意味があるなんて思わなかった。それに十二英雄というのもロマンがありそうで興味をそそられる。あれ、もしかして歴史の勉強て楽しく?


「さてエーナ君、次は私の質問の番だがいいかな?」


茶を呑み終えたノン・ヌメロはそう言って改めてこちらに向き直った。


「……私が答えられる内容なら」

「まあそう畏まらなくてもいい。もし答えたくないのであれば答えなくともいいよ。私もキャトルズ君の質問には諸事情により答えられなかったしね」

「わかりました。それで、どんな質問ですか?」


「うーむ、その質問なのだがね。君の正体について知りたいのだよ」

「私の正体?」


想定外の質問に思わず困惑してしまう。


「正体も何も私はただの田舎娘ですけど」

「いやいや、そういう事聞いてるんじゃないんだ。実は私の右目は少し特殊でね、君と同じように本来見えないモノが見えてしまうんだ」


私と同じ、という事は魔法の発動兆候や色が見えるのだろうか。


「君に何が見えているかまでは知らないし深くは聞かないさ。ちなみに私は、そうだな、適切な表現があまり見つからないが人の魂のようなものが見えるんだ」


「人の、魂?もしかして胸のあたりに丸いなにかがあったりとか?」

「いやぁ、そういうものではない。例えばそうだな、キャトルズ君は私の右目を通してみると、体の内側で揺らめている白い靄のようなものが見えるんだ。この靄は肉体から外に漏れることはなく、彼女の内にとどまっている。色や揺らめき方などは人それぞれでね、近しいものはあっても同じものはないんだ」

「なんか、便利なのかよくわかんないですね……」

「そうだね、ただその靄が見えるのは生きてる人間だけだからね。死体を判別するのには便利だよ?」


そういってノン・ヌメロは高笑いをする。

彼なりのジョークなのだろうか。

死体ときいてあまりいい気はしないけれど。


「まあそういった形で私は生きてる人間をそう認識する事ができる。

ただ、いままで見てきた人間はそこにいるキャトルズ君のように魂の色は一色なんだ。極々稀に二色の人間もいるが、それは一度置いておいてだ。エーナ君、君の魂の色なんだが……」

「私の色が?」

「そう、君の色なんだが、こう私も初めて見るタイプで。あの夜あった時から気に放っていたんだ。そして今日まさに偶然君と遭遇しそれを間近でみると……歪……いや芸術というべきなのか」

「よくわからないんですけど……」

「そうだな、思わせぶりはよくないな。エーナ君、君は、君の魂の色は一色ではない」

「それってさっき話してた二色の人間ってことっすか?」

「いやそういうわけでもない。エーナ君の魂は例えるならそう、パッチワーク……、2色の魂をつぎはぎし、魂の形として保てるよう外部から手が加えられたかのような形をしているのだ」









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