第三十四話 消えない未練、消えない思い出

私達を取り囲んだ黒い影の正体。

あれは、断片世界に残っているここに住んでいた人達の意識や記憶残り香のようなものらしい。

既に滅びた世界ではあるが、それでもまだこの世界に住んでいた人々の思いが染みのように地面から湧き出てきて形を成し訪問者を襲う事があるそうだ。

この現象自体珍しいようで基本的に遭遇する事は稀であるそうだが、こういった危険もあるため、現在断片世界への侵入口は発見されている箇所に関しては魔法協会側で管理しており、侵入する際にも事前の申請が必要なのだとか。

そんな解説を私は現在目の前で繰り広げられている壮絶な戦い……いや蹂躙が終わった後、キャトから聞くことになるのだった。

蹂躙、まさにそれがふさわしい光景だった。

私達をめがけて至る箇所から襲い来る黒い影。

もはや避けられるようなものではなく、私達をそのまま飲み込まんとする程の量である。

だが、それに私達が呑まれることはなかった。

何故ならそれは


「有象無象の分際で私にケンカを売る気なの?」


単純に相手がわかるかった。

アピロのその発言の直後私達の周りに炎が轟音と共に黒い影を逆に呑み込み、爆破したのだ。

あたりに飛び散る黒い影の破片。

だが破片となっても私達に対する敵意が消える事はなく、再び破片は集合し大きな影を形成しようとする。

だが、それも叶わなかった。

集まり切る前に黒い影のすぐそばには、紅く輝く巨大な炎の塊が迫っていたのだから。

再び響く爆音、再び飛び散る影。

それもまだ破片は活動は止まらず別の場所に集まり始める。


「面倒ね、これだけ焼いてもまだ動くなんて。しょうがない、倒し損ねて後から絡まれても面倒だし……破片も残さない様に灰燼に帰してもらいましょうか」


そうやって手を空へと彼女が掲げると

先ほどの巨大な炎の塊が再度出現する。

だが、まったく同じではない。塊は一つではなく、1、2、3、4、としだいに数が増えていき真上を覆いつくすような勢いで増殖していく。


「そうだ、エーナに一つレクチャーし忘れたわね。

この断片世界はこういう面倒な輩もいていろいろと不便な場所だけれど、一つだけ利点があるの。それはね、この世界で使う魔法は、表の世界で使うよりもより効果が高まる事よ」


そう言ってパチンと彼女が指を鳴らすと同時に出現していた炎の塊は一斉に再び集い始めていた影めがけて建物や地形を巻き込み爆散させてる。

轟音から轟音ととめどなく繰り出される火球による連続攻撃、もはやもはや影が存在しているのかどうかさえ確認せずひたすらにそれが撃ち込まれる。

そうして暫くした後、やっと攻撃が止まり爆発による煙が薄くなったその場所に映し出されたものは、未だ熱を帯びる爆発によって大きくえぐられた地形であった。

もはや影など見当たらず、ちりちりと熱の籠った音のみがあたりに広がるのみであった。


「どうやら方付いたみたいね。良かったわこの程度の奴らで。

さあ二人とも、先を急ぎましようか」


後ろを振り返りにっこりとこちらに微笑みかけるアピロ。

私とキャトは今のとてつもない光景をみせられ、暫くの間まさに放心状態であった。

暫くの休憩の後、再び歩き出した私達。

その途中で私はキャトに尋ねた。


「ねぇキャト、魔法使いってみんなあんなはちゃめちゃにすごい魔法が使えてはちゃめちゃに強いの?」

「んなわけないっす!!あの魔女は例外中の例外っすよ。あの火球、いくら断片世界で効果が増大しているとはいえ一度にあの量を展開して打ち続けるなんて、普通はほぼ無理っす。というかああいう目に見えて大きな現象を起こすのはすんごい魔力を使うからあんな量だしたら魔力切れで動けなくなってアウトっすよ。だからもう、あの魔女がやってることは全部普通じゃないっす、魔法世界でもおかしい事っす……」


キャトは信じられないと言わんばかりに手で顔を覆いありえないありえないと呟く。


「だけど、今でよくわかったっすよ。災厄の魔女、そう呼ばれる理由が。

そりゃ魔法協会もあの魔女の横暴を放置してるはずっす。あんな化け物絶対敵に回したくないっすから。からめ手とか頭がキレるとかそういうのじゃなかった、単純にヤバすぎるっす。関わっちゃちゃいけないタイプっすよあれは……」

「確かにとんでもない光景だったけど、あれが普通ってわけじゃやっぱりないのね……」

「あれが普通なのは十二英雄の時代の魔法使い達くらいっすよ。あの頃はまだとんでもない強さの魔物がこの世にうじゃうじゃいたらしいっすから。そう考えるとあの魔女は先祖返りみたいなやつなんすかね」


アピロ・ウンエントリヒ。

母の友人である魔法使い。

そしてまたの名を災厄の魔女。

そう呼ばれているという事は数日前聞いたが、その呼ばれる所以を私は今目の前で目の当たりにした。確かにキャトの言う通り、敵には絶対に回したくない相手である。

正直まだ彼女が信用できる人物なのかどうかはわからない。

あの光景を見ればキャトのように恐れ、不信感を持ってしまうかもしれない。

でも何故だろう、初めて会った時もそうだったが私は彼女に対してどこか安心できるような昔からしっているような懐かしい感覚を覚えている。

まるで母との思い出に浸っている時のような。


「エーナさん、私達はあんなトンでも魔女じゃなくて知的でクールな頭脳派魔女を目指しましょうね」


そんな事を考えていた時、キャトがそんな事を言いながらぽんぽんと肩を叩いた。


「クールな頭脳派魔女って、頭脳派はともかく私達じゃクールは無理じゃない?」

「まあ確かにエーナさんはクールというかほわわん系ですしね。クールになれるのは私だけっすかねぇ」

「ほわわん系って何?あとキャトも全然クールじゃ……」

「よし、あのとんでも魔女になんとか一泡吹かせられるくらいの魔法使いを目指すっすよエーナさん!」

「なんか突然気合入れたわね……無理してない?ところでほわわん系って何?」

「よし、断片世界は表の世界よりもちょっと気疲れを起こしやすいっすからたまにこうやって発破をかけて心を強く持つことが大事なんす。さあ次タリアヴィルに向かって気合いれていきましょーー!」


そう声を上げて少し駆け足で前に進むキャト。


「ちょっとキャト待ってよ。ほわわん系って何なのよ!」


結局タリアヴィルについても、その問いに彼女が答える事はなかった。

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