第二十八話 見えすぎ注意

あの後、屋根の上で怪しげな男ノン・ヌメロと対峙した私達は、魔法協会の執行部に赴く事になった。

簡単な事情調子と魔法による影響が出てないかの検査を受けその日は仮眠室を借りて魔法協会で日を過ごすことになった。

そして翌日、私が帰って来ない事を心配し夜中私を探し回り疲れ果てた状態となっているキャトと再会する事になった。


『エーナさーーーん!!心配したんすよ~、酒場に来ないから家にいると思って戻ったら誰もいないし、挙句の果てに爆発騒ぎがあったとかで巻き込まれてないか心配だったんすよ~』


そういって私に力なくふにゃふにゃとした状態で抱き着いてきたキャトを私は仮眠室に寝かせ、現在私は魔法協会の検査室の椅子へと腰を掛けている。

魔法検査室、話によると魔法による身体への影響の調査、魔法適正判断など様々な事を調べる場所らしい。その名の通り、あたりには様々な瓶や薬の入った容器のようなもの、薬草の入った小箱、用途不明の巨大な大きく平たい剣、丸いボールのようなものがついた置物、とにかく知らないもので溢れかえっている。

そして私の正面には、何かの薬を調合している一人の女性老人の姿がある。

髪は真っ白に染め上がり、顔にもしわが多数見えるが、その顔つきは鋭く老いている様子をまったく感じさせることはない。

老人は慣れた手つきで薬箱から取り出した素材をすり鉢で入念に混ぜその後、その粉を別の小箱へと保存し、一息ついて私へと顔を向けた。


「すまなかったね、またせて。昼まで急ぎ作らないといけない用があってね先に済ませたかったんだよ」

「いえ、全然大丈夫です。……ちなみにあの薬は何の薬で?」

「ああ、自白剤みたいなもんかね。飲んだ人間の意識をふらふらにしてしゃべりやすくするような」


物騒な薬だった。


「まあ基本的にあんまり使う事はないけどね。一応予備がなかったからもし使う事になった時念のためだよ。最近は精神魔法でなんとかなったりするからね」


そういって大きくため息をつく老人。

この人はエルミダ局長、執行機関の中の調査局の局長であると、アルバートさんから紹介を受けた。今回私は村で起きた事や昨日の出来事などで体に魔法による影響がないかどうかの確認を行うためここを訪れている。


「さてと、エーナ・ラヴァトーラだっけ。早速検査を始めようかね。

まずは簡単な質問だけど、村で記憶操作系の魔法暴走に巻き込まれたって話だけどそれ以降の記憶の欠落や違和感を感じた事はあるかい?」

「えーと、ないかな。いや、別の要因で記憶がおかしくなっちゃったことあったような……」

「なんだいそりゃ?」

「いやその、昨日街を歩いてたらいつの間にか直前の記憶がなくて荷物を持ったまま知らない路地に立たされてたんで……」

「なんだい、別のところで記憶操作されたってたのかい?厄介な話だねぇ、というよより昨日の件に巻き込まれた事も含めて厄介事に好かれてるのかねぇ」


そういいながら立ち上がると私の頭を両手でつかんで軽く握りしめる。


「いまからあんなの頭に何か魔法で弄られた痕跡がないか確認する。

ちょっとくらっと来るかもしれないけどすぐ終わるから我慢しな」


私の返答を待たずに彼女は手のあたりを発行させ腕周りに光の輪を出現させていた。

そして次の瞬間、少し眩暈がするかのような感覚が襲い、言われた通り少しふらつきそうになる。


「…………ふむ」

「あの、どうですか?」


訝しむ顔をしながら私から手を離した後彼女は顎に手を当て何かを深く考え始める。


「もしかして、何かあったりしますか?」

「そうだね、何かあったりするね」

「もしかして昨日あたり凄い記憶操作を……」

「いや、多分ここ最近は弄られたような痕跡はなさそうだね」

「そうなんですか?昨日のは気のせい?寝ぼけてたのかな……」

「まあ頭を打ったりだとか魔法以外で記憶が抜けた場合は私にはわからないからね。

「じゃあ一体何があったんですか?」

「ほらこれ、あんたの髪の毛、一本白いのがあったんだよ」


そういって私の前に一本の白い髪の毛を差し出す。


「若いのに白髪だなんて、苦労人だねぇ。ちゃんと休んでるかい」

「そう言われると確かに最近忙しくて落ち着けてないような……って何かってその事ですか?」

「ああ、その事だよ」

「魔法の痕跡は?」

「ないね。特に問題はなさそうだ」

「少なくとも、魔装具による記憶操作の魔法暴走に巻き込まれたらしいんですが……」

「魔法発動に巻き込まれて失神はしたんだろうけど、その操作対象として巻き込まれてなかったようだね」

「つまり、なんともないと?」

「ああ、なんともないね」


無駄な心配であった。


「まあ何事もなくてよかったじゃないか。あの手魔法は最悪記憶喪失、廃人になる可能性だってあるんだから」

「いえ、なら最初ならなんともないと言ってほしかったです……」

「いやぁわるいわるい、反応が一々面白いもんでさ。さて別段問題は無さそうだし、別の問題について話そうかね」

「別の問題って、私やっぱり何か異常が?」

「別に悪い話じゃないよ。むしろあんたはものすごく……、いやまあそれは人によるのかね。じゃあ本題に入る前に、扉の前にいる二人、さっさと入っておいで」


エルミダがそう叫ぶと、後ろの扉がガチャリと開き二つの人影が室内に入ってきた。

その二つの人影それは


「アルバートさんにキャトじゃない。どうしてこんなところに?」


それはアルバートさんと眠そうな目を擦っているキャトの姿だった。


「いえ、私は元々この後お二人を交えて話をする予定だったので事が終わるのをまっていたのです。キャトルズに関してはエーナさんの事が心配だったらしく扉の傍で聞き耳を手ていましたよ」

「ちょ、ばらさないでくださいよ。まあ心配だったのは本当ですし、聞き耳立ててたのも本当っすけど……」


もうちょっと言い方があるじゃないっすか、とアルバートさんに文句を言う彼女。


「いいのかいアルバート、その子にも聞かせて?」

「まあエーナ様との中もよさそうですし、同門の弟子ですから、下手な人物よりも信用はできます」

「え、何?何?私何かやっちゃたやつですか?」

「いえ、別にエーナ様は何もやっていませんよ。さてしゃべる前にお水を一杯もらえませんか?昨日から私も調査や報告で一息つく暇がなかったもので」


アルバートさんは部屋の机上に置いてあった瓶から水を容器に移し、一気に飲み終えた後、ふぅと一息ついて語り始める。


「さて、昨日はお疲れさまでしたエーナさん。いろいろと災難でしたね」

「いや私は助けてもらっただけで何もしてないですし、むしろなんか邪魔にしかなってなかったから……」

「いえいえ、結果的にはエーナさんがいたからこそあの男と大事にならずに済んだので。なかなか自制できないタイプでしてね」

「まったくだよ、入りたての頃はいろいろやらかしてた問題児子だったからね」

「局長、昔の話は恥ずかしいのまた別でお願いしますよ」

「そうだね、その話をすると今日だけで終わりそうにないしね。さっさと本題に入りな」

「そうですね、話が逸れましたがエーナさん。あなたには一つ話し、いえ確認しておくことがあります」

「は、はい!なんでしょうか?」


緊張をして変な声をあげてしまう。


「そこまで硬くならないでください。エーナさん、これが見えますか?」


そういってアルバートさんは手を差し出す。

するとアルバートさんの手の周りに光の輪が出現する。


「えっと、この光の輪の事ですか?」

「見えてるようですね。キャトルズ、あなたも見えてますか?」

「見えてるっすよ、発動兆候の事っすよね」

「そう、この光の輪は魔法の発動兆候を示すものです。この光の輪は一般的に魔法適正……、つまりは魔法を使う才能があるものしか見る事ができません。

これによって魔法使い、魔法使いでないものの判別を行う事ができます」

「なるほど、そうだったんだ。それで昨日あの魔装具にも光の輪が」


あの男が握っていた魔装具、瞬間的な移動を行う際必ず剣の周りに光が発生していた。あれが魔法発動の兆候だというのなら確かに納得ができる。


「さて、次の質問です。エーナさん、この光の輪……何色に見えますか?」

「えっと黄色……ですかね?」

「ではこれは?」


そういってもう片方の腕を出しアルバートさんは発動兆候を出現させる。


「えっとそっちは青色ですかね?」


そう答えた後、暫く何の返答も無かったためふとあたりを見回すと、そこには目を丸くしたキャトと何かに納得したようなエルミダ、そしてにっこりと笑みを浮かべるアルバートの姿があった。


「え、エエエエーナさん!?もしかして発動兆候の色の違いがわかるんすか?」

「わかるって、思いっきりこれ青色じゃない?」


そう答えた時、はっははと笑い声をあげたのはエルミダだった。


「エーナとかいったね、それがわかるのは普通じゃないんだよ。発動兆候が見えるのは魔法使いとしての素質の最低限の範囲だが、あくまで見えるだけ、その色までは認識できないんだよ」

「え、だっても青色で」

「いいですかエーナ様、私達にはこの左右の手に発生させた兆候の色はどちらも淡い白い光で構成された輪としかみえません。つまりはどちらも同じものとしてしか認識できないのです」

「え、じゃあなんで私は見えてるんですか?」

「エーナさん凄いっすよ!!色が見える魔法使いっていうのは希少なんすよ、努力しても手に入らない才能っす!」

「そうなんだ、なんか全然実感わかないんだけど……。というか色が見えたら何か利点とかってあったりするのかな?」

「ありますよ!色が見えるって事はその魔法が何の系統の魔法を発動させようとしてるかとかがわかるんですよ!つまり、相手が何の魔法を使おうとしているかって言う事がわかる、対策も立てやすいって事っす!」

「あ、そういう利点があるのか。でもそれってアルバートさん達みたいに魔法を使って戦うような人達しかあんまり活かせさそうね」

「何言ってるんだい?魔法界っていうのは弱肉強食、どこで恨みを買ってるかもわからない混沌の世界。いくらお上品に過ごしていようが、知らぬ間に後ろからばっさりって事も多々あるんだよ。誰とでも争わずなんて甘い考え持ってたらこの世界で生き残る事はできないよ」


エルミダは甘い、甘すぎるとつぶやきながらそう答えを返す。

魔法の世界ってそんなに物騒なのか……。

なんか魔法使いになる事がきまっているわけではないが、なんというか怖くなってきた。


「いやー、でもいいっすねエーナさん。色が見えるって事はおそらく魔力の痕跡とかも態々道具を使わなくても目を凝らせば見えるかもしれないっす!いやー将来は引く手あまっすよ。うらやましいっすなー」


私の手をにぎにぎしながらキャトはとろけたような顔でこちらを見る。


「ちなみに色が見える以外にも、魔法文字がはっきり見える人も極極極極稀れにいるんすよ。歴史上未だに二人ほどしか現れてないっすけどね。魔法文字までえればもう対策なんて立て放題……」

「魔法文字ってこの光の輪の中にある謎の形の文字の事?」


私がそう答えた瞬間、再びあたりの空気が静まりかえったのだった。

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